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檻の中のカラスと孔雀

29:猛禽と、威圧


「こいつを見つけ出したのはお前か、ハンス」
「……」
 目を細めて見下ろすミヒャエルの言葉に、ハンスは答えない。片膝をつき、無言のままの姿を見て、ミヒャエルは鼻で笑う。
「……相変わらず、駄犬のわりに鼻の利く。しかし、極楽鳥のような見た目のお前が、一体どこに身を隠していた?」
「鳥かご屋敷の森」
 イラリオンも、答えないハンスのお返しとばかりに、鼻で笑いながら告げた。
「昔馴染みと、そこの小鳥と……そのあたりの世話になったのさ。……ところで、親父はまだ生きているのかな? 今際の際のあいさつに、思い出深いであろう、森の小鳥も連れて来てみたんだけどね」
「……」
 森の小鳥──その言葉にミヒャエルは、ゆっくりと視線を、後方の馬車に向けた。
「……お前にしては、笑えん冗談を吐く」
「さすがの俺も、こんなことを冗談では言わないよ。それに、主だった血筋の者を呼び集めよってのが、親父の今回の指示だったはず。屋敷まで建ててやった女の子供を呼ばないなんて、そりゃないんじゃない?……それとも、さすがのミヒャエルお兄様も、噂の怪鳥の前だと怖くて動けなくなっちゃうってか?」
「……」
 イラリオンの意地の悪い声に、ミヒャエルは鼻の頭にしわを寄せるように、顔を歪めた。その様子に、周囲の騎士の何人かが、緊張に顔を強張らせたのが分かった。イラリオンが溜まりにたまったうっぷんをぶつけるように仮面の男を煽るので、周囲は完全に肝を冷やしている。ハンスさえ、どうすべきかと迷っているようだった。
 だがこのミヒャエルという男は、つられて声を荒げるような男でもないようだった。冷めた目でイラリオンを睨み、つい、と細長い節ばった人差し指を、馬車に向ける。
「……そこまで言うなら、馬車の中からその小鳥を引きずり出して、私に見せよ」
「引きずり出すなんて品のない。お兄様は何でもかんでも荒っぽいからいけないよ。……キール、連れてきてくれ」
 イラリオンは、振り向くことなく、かなり後方に控えていたキールに声をかける。
「……しかし」
 キールは一応、難色を示した。
「見ないと、この疑り深いお兄様は信じんだろうよ。……なに、新しい弟を紹介してやるだけさ」
「……」
 ためらい気味に頷いて、キールは立ち上がると、馬車の扉を開けた。
「ご当主。……どうぞ」
「……」
 アルノリトも、いつもと違う空気に緊張しているらしい。キールの差し伸べた手を握って、恐る恐る、といったように馬車から地面に降り立った。
 不安げにテオドールの方をちらりと見る。行っていいの? という顔をしている。テオドールは黙って、小さく頷いてやるしかなかった。
 キールに手を引かれたまま、アルノリトは片膝をつく騎士たちの間を縫うようにして、イラリオンのそばに行く。
 頭からすっぽりと、全身を隠すように黒い外衣をまとった小さな子供を、ミヒャエルは眉を寄せて見下ろしていた。
「アルノリト。フード、取ってみな」
「でも、外じゃ駄目って言われてるもん」
「大丈夫だよ。ここはもう城の中だ。壁に囲まれているだろう?」
「……」
 イラリオンに言われて、キールが怒らないかその顔を確認したうえで、アルノリトはフードを取った。癖のある金髪に、青い羽がいくつも覗いている頭が、あらわになる。
 ミヒャエルは、目の前に現れたその存在に目を細めつつ、じっと見下ろしていた。そこに怯えはないようだった。ただ、目の前に出てきたその存在が、眉唾の噂ではなくて、本当に実在していたのだな──と納得しているような表情だった。
「……こんにちは」
 じっと見下ろす仮面の男に、アルノリトは困惑しながらも挨拶をした。しつけの行き届いた子供、という様子でぺこりと頭を下げる仕草を見て、ミヒャエルはアルノリトに手を差し出す。
「……歓迎しよう。ゆっくりしていくといい」
 アルノリトは小さな手で、ミヒャエルとおずおずと握手をする。
「君は馬車に戻るといい。子供の足では、まだ移動に距離がある」
「はぁい」
 小さく返事をすると、アルノリトはすばやく身をひるがえし、馬車の方へ戻り始めた。
「……あれを手なずけて、わざわざここまで連れてきて見せつけて……私の先を行ったつもりか?」
 ぱたぱたと戻る小さな背を眺めつつ、ミヒャエルはイラリオンを見た。その顔は笑っていたが、穏やかな談笑でないことは、誰もがわかっていた。その囁くような言葉に、イラリオンも、うんざりしたような顔で笑ってみせる。
「先を行くなんてとんでもないよ。……あんたがそう思ってくれなきゃ、俺はもっと平穏に生きられるんだがね。俺がしたいのは──ただの嫌がらせ。あくまで、あんたじゃなくて、親父への、だけど」
「親不孝者が。誰のおかげで、今まで好き勝手生きられたと思ってか」
「そりゃ、あんたも同じでしょうお兄様? 今まで私怨で、一体何人殺したのかな?」
 イラリオンは挑発するように目を細める。
 周囲の空気が、すぅ、と冷えたのが分かった。
「……みんな知ってるのに、何も言わないだけだよ。それも、親父の名前のおかげでしょうに」
「……両殿下」
 互いに、鼻先が触れるほど顔を近づけて、物騒な因縁をつけ合う兄弟に、ハンスが困惑したように、諫めるように名を呼んだ。
「黙れ駄犬」
 ミヒャエルは、ハンスを見もしない。
「駄犬はないでしょ、人間相手に。あんたのそういうところ本当嫌い」
 ハンスをかばうわけではないようだったが、イラリオンはそう吐き捨てる。その言葉にハンスは余計に顔を引きつらせたのだが、イラリオンは全く気にしていないようだった。
「弱い癖によく鳴く」
 口の回るイラリオンをある意味感心するように見て、ミヒャエルは息をついた。
「だが、あの鳥を連れ出した責は重いぞ。……何か起きれば、お前がその首で責任を取ってくれるのだろう?」
「何か起きなくても、その気満々な癖に。……まぁどうせ親父が死んだら、あの館の扱いも次の奴が受け持つんだ。お兄様は、親父の後釜に収まりたいんだろう? 何がいるのか、きちんと知っておかなきゃ。あんただって、人が書いた書類だけで判断するの、嫌いでしょ? 引継ぎって、大事だと思うんだけど」
「……」
 ミヒャエルはしばらく黙っていたが、やがて視線を、馬車の方へ歩いて戻る、アルノリトの方に向けた。
 ただ「みんなでお出かけ」「パパと会える」と思っていたらしいアルノリトは、急に殺伐とした空気の中に放り込まれて困惑しているらしい。
 ぎくしゃく歩いて、だんだん速足となり、最終的には走って、未だ馬車の陰に隠れるようにして膝をつくテオドールに抱きついてきた。いろいろ不安だったらしく、顔をこすりつけるようにしてしがみ付いてくる。
 キールも黙って一礼すると、こちらに戻ってきた。
 その背の向こうから、ミヒャエルはじっとこちらを見ていた。一瞬その冷酷な視線と目が合ったような気がして、テオドールはぞっとしたのだが、その仮面の男はすぐに興味も失せたように身を返し、騎士たちに立つよう告げる。
「……本来であれば宴くらい開くのが筋かもしれん。だが、そのような空気ではないことは、いくらお前でも知っているだろう」
「そりゃ知ってます。派手な凱旋する気もないんで。……で、親父殿は?」
「……息はしている」
「成程。そりゃあいい」
 それは、父の容態に安堵する様な返事だとは、とても思えなかった。
 
(続く)