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檻の中のカラスと孔雀

閑話:可愛いは遠い


 世の中は、一応年末らしい。
 だがこの「鳥かご屋敷」の中にいては、街がどれだけ賑やかなのか、テオドールには知る由もない。
 なので、今日が今年最後の日だということさえ知らなかったのだが、それを知ったのは、出かけていたキールがやたらと大荷物を抱えていたからだった。

「……どうしたその荷物」
 帰宅したキールは、紙袋や小箱に入った荷物を、両手いっぱいに抱えていた。
「いえ。年末でしたし、実家に顔を見せたんですけど」
 客間のテーブルの上に、キールは持って帰った荷物をどさどさと置く。
「この袋は食べ物だそうです。燻製肉とかチーズとか、パン。きちんと食べているか、心配されたんでしょうね」
 袋の中をのぞくと、上等そうな食材がでんと入っていた。切ったら速攻食べられそうなものばかり入っている辺り、この男、やはり実家でも一人で生きていけているか、 相当不安視されていたに違いない。
 ちなみに、まだ芋の皮むきは上達していない。
「帰ったなら、もうちょっとゆっくりしてくればよかったのに」
「そうそう長居もできませんよ。挨拶は済ませましたからいいんです。あと、これはあなたに」
 キールは、大きな袋をテオドールに手渡す。
「なんだこれ……?」
「とりあえず開けてください」
 言われるままに袋を開ける。中に入っていたのは、服。
「上着……?」
 裏地は毛皮。ぶ厚い生地の、ずいぶんと暖かそうな服だ。
「あなたが着られそうな上着というのが、物置の中にありませんでしたから。薄っぺらい服ばっかりで」
 確かに最近気温が下がってきたので、物置にある服を適当に、重ねて着るようになった。服の持ち主が自分より大柄な男だったことが幸いした。
 そのあたりのことを、この男は見ていたのかもしれない。
「これ、新品?」
「そうですよ? この辺り、結構冬場は冷えるんですから。上着もなしに外に出たら、風邪ひきます」
「いやでも俺、金とか全然持ってないんだが……」
 問うと、キールは眉を寄せつつ首を振る。
「別にお金寄こせとか言いませんよ。私が個人的に、あったほうがいいなと思っただけです。ちゃんと、暖かくして冬を過ごしてください、凍えられても嫌」
「……」
 なんというか、これは善意の塊なんだろうな、と思った。
 別に「ほどこし」とも感じなかった。この男、こういうところは嫌味がないのだが、こういうときに「スッと」感じよく感謝が言えないのが、自分の悪いところだった。
「いや、その……悪い」
 しかしキールも、そんな自分の扱いは慣れている。
「いえ。こちらの冬は初めてだと思いますから。体を壊さないようにして頂きたいし……そういえばあなたの故郷って、冬はどうなんです? 寒いのかな。すみません、あまり知らなくて」
「雪は積もるぞ。結構。このくらいまで」
 テオドールは、胸のところに手を当てた。
「めちゃくちゃ豪雪地帯じゃないですか……」
 そこまでだとは思わなかったのか、キールが呆れの声を上げる。
「だから、雪がなかなか溶けなくて、畑とか作るのには向かないんだよな。働けど働けど」
 貧乏のまま、と苦笑する。
 今頃、人のいなくなった里は、雪で真っ白に埋め尽くされているだろう。そんな故郷の、在りし日の姿を思い出して、懐かしくなった。
 華やかだったわけでも栄えていたわけでもないが、こうして離れてみると、あの地に愛着はあったのだと思う。
 こんな風に離れて暮らすなんて、当時は思いもしなかった。
「あなたはお仕事のとき……専用の格好とか衣装とか、あったんです?」
 少しだけ物思いに浸っていると、キールがそう尋ねてきた。
「……まぁ、お前らみたいに格好いい服は着てないけどな。鷹匠だってわかるような恰好はしてたよ」
「へぇ……いつか見てみたいですね。本当のあなた」
「そんな期待されるようなもんでもない」
 そう笑って言うが、そんな日は来るのだろうか、と思う。マキーラと共に山を駆け回っていたころのことが、ずいぶんと昔に感じられる。
 本当の自分、というのがなんなのかも、よくわからなくなってきた。
「それより、アルノリトに土産買ってきてるのか? 言わないけど、あいつ毎回期待してるぞ」
 そう言えば、キールもにんまり笑った。
 あの子供は、キールが出かけるとお土産がある、と知っている。お土産買ってきてねとは言わないが、ひそかにわくわくしながら待っているのだ。
「ちゃんと買ってきてますよ。ところでそのご当主は、どこに行ったんです?」
「さっきまで外でマキーラと遊んでたから、手洗って来いって言ったんだが……」
 言い終わらないうちに、ぱたぱたと軽い足音がして、アルノリトが客間の扉を開けた。
「キール、おかえりー!」
 キールの姿を見つけたアルノリトは、満面の笑みを浮かべて出迎える。そばにはマキーラも一緒だ。
「はい、戻りました。ご当主、ちょっとこちらに来ていただけますか?」
「なにー?」
 寄ってきたアルノリトに、キールは同じく紙袋から取り出した上着を着せる。
 襟にふわふわのファーと、フードにウサギの耳がついた、桃色の可愛らしいコートだ。大きさも丁度いい。
「お耳がついてる!」
 フードをかぶったアルノリトは、部屋の隅の姿見の前で、きゃっきゃと跳ねていた。気に入ったらしい。
「……お前、えらく可愛らしいの買って来たな」
 あんな子供服もあるのか、とテオドールは感心した。故郷にあんな凝った服を売っている店はない。
「えぇ。見た瞬間、絶対ご当主に似合うと思いました。こういうの着られるのは、一瞬ですからね」
「……まぁね」
 それはそう、と思う。
 可愛らしい顔立ちのあの子供には、ぴこぴこと揺れる耳も、綺麗な桃色も、よく似合う。
「あ、テオドールも上着買ってもらったの?」
 うさ耳のフードをかぶったアルノリトが、こちらに気付いて寄ってきた。
「僕とおそろいなのー?」
「……それはない」
 思わず真顔で答えてしまった。自分にとって、可愛いは──遠い。