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檻の中のカラスと孔雀

41:猛禽と、綺麗なもの


 屋敷の周囲はうっそうとした雑木林。
 だがそれは、人の手によって「美しく」見えるよう整えられた森だ。手当たり次第に伸びた蔓に、足を取られることもない。伸びた樹の枝に、顔をはたかれることもない。森の中は足元を汚さず散策できるように、苔むした石畳の小道が、曲がりくねりながら奥へと続いている。
 小道の脇には、色とりどりの小さな花も咲いていた。こんもりとした株で、青紫色の可憐な花。テオドールには、花の種類はわからない。
 アルノリトはまだむすりとしていたが、仮面の男に興味がないわけではないらしい。控えめについて行きながら、道端に咲いていた花に目を止めてしゃがみこむと、そばに立っているミヒャエルを見上げた。
「おじさんは僕と、何のお話をしたいの?」
「私は知っておきたいだけだよ。こうして出会いはしたが、あの小うるさい金髪ほど、君を知らんのでね」
「……僕も金髪」
 不安げに頭を押さえたアルノリトに、ミヒャエルは笑った。
「君ではない。共に帰ってきた、もっとぎらぎらした長い髪の、よく喋る男」
「あぁ、絵のおじさん!」
「絵?」
 ミヒャエルは、眉を寄せたようだった。 「絵のおじさんは絵を描くのが上手なんだよ。仮面のおじさんは、知らないの?」
「知らんな。奴の絵なんぞ見たこともない」
 あまり興味もなさそうだった。
「ふぅん。絵くらい見てあげたらいいのに。そんなに仲悪いの?」
 アルノリトの素直な問いに、周りの騎士たちが、微笑みながらも顔が引きつらせているのがわかった。おそらく普段は、こんな話題振ることもできないのだろう。しかし言われた当の本人は、どこか呑気に笑っているのだった。
「反りが合わんのでね。向こうもそうだろうよ」
「人とは仲良くしなきゃダメなんだよ。……さっきは僕も怒っちゃったけど」
「それは仕方ない。誰とでも仲良くなど、なれるわけではないのだから」
 なんだか、普通の会話が続いている。
 あの男に関しては恐ろしい話ばかり聞いたので、もっとねちっこく高圧的に来るのかと思いきや、様々な噂のある末の弟に、単純に興味がある、といった様子だった。
 それと──。
「その絵ばかり描いている無責任な男と、君はどんな話をしたのだ?」
 この男は、それが聞きたかったのだと思う。
「……どんな?」
 アルノリトは首を傾げていた。
「パパと会えるよって言ってくれただけ。あと、僕のお兄ちゃんだって言ってた。絵のおじさんも、白い騎士のおじさんも。でもみんな、全然顔が似てないね。仮面のおじさんも、絵のおじさんとは、全然似てない」
 タブーとされている容姿の話に、周囲がざわりとしたのがわかった。だがミヒャエルは、皮肉気な表情を崩しもしなかった。
「母が違うのだから仕方ない」
「僕のママは?」
「知らん。死んだとだけ聞いている」
「……」
 アルノリトは、無言で視線を落とした。いないとされていた父がいる、という事で、どこか母も、という期待をしていたのかもしれない。
 しかし誰に聞いても、母は「死んだ」としか返ってこない。この男に聞けば違う答えが返ってくるかもと思ったのかもしれないが、期待を打ち砕かれてしょげていた。
「いずれ、あの父も死ぬ。そう先の事でもあるまい。私も含め、死んだあとの事ばかり考えている者も多かろう。君はどうするのだ」
「……お別れして、帰るよ」
 アルノリトは、道端の花を見つめながら、そう呟いた。
「僕はパパと話せなかった。多分僕の事わかってくれなかった。……でもおじさんたちは違うんだよね? いっぱいパパと過ごしてきたんだし。やっぱり、寂しいよね? 絵のおじさんはいろいろ言うけど、寂しいからあんなこと言うんだよね? 辛いから、みんなイライラしちゃって、喧嘩するんだよね?」
 アルノリトは、道端の花を摘んだ。立ち上がると、ミヒャエルに向けて差し出す。
「パパにあげて」
「君は」
 差し出された青紫の花を見つめて、ミヒャエルはじろりと、アルノリトを怪訝な瞳で見る。
「人が死ぬ、ということを理解しているのか」
「ちゃんと、体験するのは初めて」
 どこかしょんぼりとした様子のアルノリトの手から、ミヒャエルは花を受け取った。筋張った指に、大きな宝石の指輪がいくつもはまったその手には、地味な花に見えた。
 アルノリトの言う事には、大人の目から見ればちょっと違う、と言いたくなることがいくつもある。
 この傲慢な男にとって、父がどういう存在なのかは知らない。しかし父の死を前にして、兄弟同士で悲しみと焦りから喧嘩をしているわけではない。
 もっとどす黒いもの。互いに憎み、足を引っ張り合い、腹の内を探り合う。少しでも自分の立ち位置を優位にするために。アルノリトの思うような、綺麗な関係ではないのだ。
 しかしミヒャエルにとっては、子供のたわごとと思いつつも、それは少々毒を抜くものだったのかもしれない。「怪鳥」相手だからか知らないが、威圧的な物言いはしなかった。
「……それにしても君は、私を恐れずよく申す。子供とこのように話をしたのは初めてだ」
「恐れるって、何が?」
 アルノリトは目を丸くしながら見上げる。
「不気味な装いだと思うだろう?」
 ミヒャエルはどこか自慢げに笑いながら、顔の左半分を隠す仮面を、人差し指の先で叩いて見せた。かつんとした、硬質で小さな音が響く。
「どうせあの男から、面白半分に話は聞いているだろうが」
「聞いたけど……人と違うのは、僕も一緒だからいいの」
 アルノリトは、にっこりと笑った。
「できれば一緒の人に会いたいけど、いないなら、いないでいいの。僕はみんなと仲良くする方が大事」
「人と違う者をはじくのが生き物だ。……誰も親しくしてくれなかったらどうする」
「え」
「それに、見た目が同じ者が出て来たらどうする。今までの連れを捨てて、そちらに行くのか?」
 意地の悪い言葉に、アルノリトの眉が、徐々に八の字になった。その顔を見て、さすがにミヒャエルもまずいと思ったらしい。周囲の騎士ほど慌ててはいないが、困ったような顔をしていた。
「……悪かった、そのような顔をするな」
「仲良くしてくれる人、ちゃんといるもん……大丈夫だもん……」
 アルノリトはいじけて、花の前に再度しゃがみこんでしまっていた。
 強面連中が、小さな子供の一挙一動に右往左往しているのが、滑稽ではある。


「……案外、穏やかにお話しされていらっしゃる」
 少し離れた木陰で、キールはそんな向こうの様子を見ながらつぶやいた。
 小川をはさんで、石橋の向こう側に彼らはいる。だがテオドールとキールは、その橋を渡らず、物陰からその様子を眺めていた。
(あれ、穏やかなのか?)
 テオドールは、はらはらしながら心配していた。すねたあの子供は、なかなか対応が難しいのだ。
「……キール。もう少し、距離を詰めた方がいいんじゃないのか」
 ときどきアルノリトも、ちらちらとこちらを見る。そろそろ迎えに来てほしそうな顔をしている。
「あまり近づきすぎると、殿下の御付きの方々に警戒されます。……すでにされていますけどね」
 キールが声を潜めながらも、開き直ったように言った。
 確かに、周囲を警戒している騎士たちは、時々こちらをじろりと睨む。こちらがイラリオンと親しいことはわかっているはずなので、彼らにしてみれば、自分たちは「別派閥のやっかいもの」という認識でしかないだろう。ミヒャエルに近づくことを、よしとしないはずだ。
「あなたも、私から離れないでください。先ほどのあれを見て、あなたに難癖つける人もいないと思いますが……ないとも限らないので」
「別に。……ああいうのはわかっていたから、いい」
「いい、ってものじゃないでしょう。殿下もおっしゃったんですから、堂々としていればいい」
 キールの言い方には苛立ちがある。しかし相手が苛ついているとわかるほど、こちらの頭は冷えていく。
「堂々って言われても……それ、言葉の通り受け取っちゃいけないやつだろ」
 あまりこちらも毒は吐きたくないが、この男の言う事が、綺麗ごとのように感じることもあるのだ。
「綺麗なのは、お前のいいところだと思うけどな……」
「あなたも、先ほどの連中と同じようなことを私に言いますか。いい子ちゃん、とか」
「あんな悪意はない。かばってくれるのは嬉しい。ただ、俺のせいで立場悪くするようなことはしてほしくないだけだ。お前には将来がある」
 この男がどんなに自分を肯定してくれても、自分はそれに値する人間とは思えないし、周囲との差を思い知るだけだ。この男が自分に入れ込むほど、周囲は「あいつおかしいんじゃないか」という目で見る。そこに嬉しさよりも、むなしさと申し訳なさの方が強く出る。
「あなたにも、将来があるのは一緒だ」
 キールはこちらを見もせず、不愛想に言った。
(ほら、こういう言い方)
 こんな言葉を、この男は馬鹿真面目に言うのだ。
 わけがわからなくて、泣きそうになる。
 将来なんて、今一番考えたくない。
 ──ここにいたいとは思うのだ。
 自分が寂しいから。今一人になんて、なりたくないから。
 もう誰も、彼らの他に、自分をわかってくれる人なんていないから。
 不本意ながら関わってきたはずのこの男と、あの子供を、今や愛しているから。
 だがこの雨ばかりの土地では、己は大して価値がない。それまでどんな人生を歩んでいようが、どんな名前がついていようが、この国の人間にとっては関係ないのだ。
 そして、恐怖の中で死んだのであろう、兄と義姉の姿が、自分に背後から絡みつく。
 彼らに育ててもらった癖に恩も返せず、親愛の情を伝えることもなく、愛想も悪く──それどころか母代わりの義姉に恋をしていたなんていう、汚らしい自分。
 彼らの死を聞いて、悲しいはずなのに、こんな自分を見せなくて済んだと、どこかでほっとしてしまった自分。
 自分は全く綺麗じゃない。
 こんな自分が、こんな男を同じところに引きずり込んでいいはずがない。
「……あなたは、どうやったら楽になっていただけるんでしょうね」
 しばらく黙って考えていると、キールが目を細めながら、こちらに問いかけた。まるで、こちらの頭の中を覗き見したような視線だった。
「私にできることならしたい。……なんでも。世話にはなったし、私個人としては、ここに残ってほしい。でも、あなたが辛いというなら、本当に帰れるように、なんとかする。故郷が難しいというなら、行き先は違う町でもいい。ご当主も、きちんと説明したら、わかってくれると思うし……」
「もう、今はその話はよしてくれ。先の事なんて何もわからん」
 つぶやく自分の声に、覇気がないのはわかっている。それがキールを苛立たせるのも知っている。
 だがもう、本当に考えたくないのだ。
「……」
 キールは何か言いかけたが、出かけた言葉をなんとか飲み込んだような顔をした。
「……わかりました。もう言いません。でも選択の自由はあなたにありますから、その気になったらまた言ってください。あれはもう、あなたに渡した金ですから」
「貢ぐ男だな。絶対、変な女に引っかかったことあるだろ」
「女はないけど、もう引っかかっているんですよ。進行形で、あなたに。なんとでも言ってください。ただ……」
 キールは皮肉気に答えた後、言いにくそうに、じっとこちらを見た。テオドールは眉を寄せた。こちらが不安になるような視線だった。
「なんだ」
「いや……なんでもないです。……まぁ今は、痴話喧嘩している場合じゃない」
「……いつから『痴話』になった」
「駄目ですか?」
「駄目」
 思い切りため息をつかれた。この男、だんだん隠さなくなってきてる。
「あのな、今馬鹿なこと言ってる場合じゃないだろう」
「言いたくなるときもありますよ。……先ほどは、あなたに声かけられないと、まずかった。冷静になれなかった」
「アルノリトが? お前が?」
「おそらくあの方も……私も」
 テオドールも、先ほどの光景を、何度となく思い出していた。
 あの子供が、あんなふうに怒ったのを初めて見た。駄々をこねて、泣いてまとわりついてこちらを困らせる姿とは違う、静かな怒りだった。
 ──おじさん、嫌い。
 あどけない口調で発せられたその言葉を聞いた瞬間、自分は耳に鋭い痛みを覚えた。しかしそれは、すぐ治まった。
 耳からの止まらない出血に戸惑っていたのは、自分たちをあざ笑ったあの男だけだ。どこを傷つけたのか、それはわからない。外耳か、鼓膜か、そのさらに奥か──。
(おそらく、声か)
 テオドールは、何となくだが理解していた。
 あの子供の声に乗った鋭く見えない「何か」が、あの男の耳を貫いたのだ。話に聞く、一撃で殺すほどの強さではなかったが。
「……だが、無差別じゃなかったな」
「えぇ。やはり、相手は選べる様子です」
 キールも頷く。聞けば、やはりキールもあのとき、耳に鋭い痛みを覚えたのだという。
「前回は泣き声。今回は言葉。ご当主の場合は、おそらくああいった「声」にのせるかたちで相手に傷を負わすことが可能なんだと思います。その強さは、多分あの方の感情次第です。先ほどは嫌い、っていうだけで、命脅かされたわけじゃなかったですから。自覚はないんでしょうけどね。本人も無意識のようだった」
 しかし、そんな強烈な生き物であっても、今は不安そうなのである。
 ちらちらとこちらを見る目は、完全にこちらを守ってくれる大人だと信じて、頼ったものだった。テオドールたちがそばにいるのは知っているが、仮面の男に興味はあるのでお話はする。でもおいて行かれないか不安なのだ。
 その顔を見ていたら、テオドールには不気味だ、なんて言えなかった。
 あの子供は寂しい。自分と同じ姿の者がいないことが不安なのだ。自分がこの世に受け入れられない存在かもしれないことが不安なのだ。そして、自分たちを心から慕っている。そこに嘘はない。
 あざとく幼い子を演じているわけでもない。テオドールはそう思っている。
 本当に、あの子供は子供なのだ。
「あのとき、お前は物凄い目をしていたよ。……やっぱり、あいつが、憎いのか」
 横目で、キールを見る。キールも、横目でこちらを睨み返してきた。
「……思い出しはしましたけどね。昔の事」
 憎む心がある、というのは否定しなかった。だが、もうそれだけではない。
 この男も基本愛情深い。前任者とは違い、できるだけ、普通の子供と同じように接しようと努力はしていた。子供相手に恨み言をぶつけようともしなかった。それはテオドールにもわかっている。
「あの方は、今回自分が手を出されたわけじゃない。私たちが『いじめられている』と思ったから、攻撃したんです。それもわかっている。……あの方が私のために怒ってくれたのは、二度目です。テオドール、あなたは」
 キールは、刺すような視線をひっこめて、どこか穏やかに問いかけてきた。
「もし幼いころの悪行を話題にされて、それが、自分が覚えてもいないような小さなころの話で……しつこく何度も話題にされたら、どうします?」
「……俺も、そういうのは身に覚えがあるから嫌だ」
 苦々しく言うと、キールが笑った。
 テオドールの場合は、今のアルノリトより小さくて、まだ立って歩き始めたばかりのことだ。
 ハチの巣に興味を持ったらしく、棒切れを持って、ハチが出入りする穴に、その棒を思いっきり突っ込んだらしい。
 当然のように、むわんと大量に湧き出てきたハチに取り囲まれた。
 その現場を、たまたま兄は見ていたらしい。
 テオドールがハチの巣をじっと見つめていたので、「こいつ、何かやらかすんじゃないか」と怪しんでいたところ、いきなりそんな暴挙に及んだので、焦った兄に慌てて抱えられて逃げたらしい。二人して何か所か刺されたようだ。
 テオドールはさっぱり記憶がないのだが、兄はそれから何度も、ハチの巣を見ると笑い話として話題にした。テオドールは苦々しく笑うしかなかった。
「お兄さんに抱えられて逃げる小さなあなた、凄く見たいですけどね。やっぱり泣いたりしたのかな。それとも今みたいに、子供のころから顔に出ない感じで?」
「全然覚えていないから知らん」
 キールも興味津々なところが、ちょっと腹立たしい。
「……俺の場合は、まだ笑い話だからよかったけど。兄も根に持っていたわけではなかったみたいだし」
 以前は聞くたびに「またその話か」と思っていたのだが、もうそんな話も聞けないのだと思うと、急にざらざらした寂しさが膨らむ。
 些細な思い出も、徐々に彩度を失っていく。
「……自分の覚えていないことを責められるのは、苦痛だ。でもお前の立場だったら、俺もどうしたかわからんよ。こんなこと言えなかったかもしれない。……俺は執念深いから」
 蜂に刺された、程度の話ではないのだから。
 キールも憂鬱そうに、息を吐いた。
「確かに、子供のしたことで片づけるには、父やほかの方々の死は重すぎます。でも、ご当主は、身を守ろうとしただけなのかな。殺されかけたら、身を守ろうとするのは生物として当然です。剣を抜かなかったら──まぁ、こういうのは言い出したらきりがないですけど、違った未来があったのかもしれない。あの場にいた方々、全員戻れたのかも」
 橋の先では、動きがある。どうやらミヒャエルの気が済んだらしく、騎士たちはぞろぞろと、仮面の男を取り囲むようにして去って行く。
 アルノリトも、小走りでこちらにやってきた。そのままぼふりと、テオドールの足にしがみつく。
「何話した」
 頬を擦りつけてくるアルノリトの頭をなでながら言えば、アルノリトは意外にも機嫌はだいぶ直っていて、にっこりとした笑みを浮かべている。
「いろいろ! あのおじさんね、結構優しいの」
 その優しさがどこまで本当なのかわからないのだが──そんなことを思っていると、アルノリトは「あ」と何か思い出したような顔をして、キールの前に立った。
「……さっきは、口出しして、ごめんなさい」
 また怒られる、と言うような顔をして、アルノリトはキールに謝った。
「いいえ」
 だがキールは微笑んで、首を振った。
「でもあんな人たちに、ご当主が怒ることなんてないです。気持ちは、有難いですけど」
「でもー」
 思い出したらまた腹が立ってきたのだろう。アルノリトが眉を寄せたとき、キールが腰をかがめた。そのまま両手を伸ばして、アルノリトのわきの下に差し入れる。そのまま腕の中に抱き上げて、アルノリトと視線を合わせた。
「あなた方を守ってああいうのに突っかかるのは、私の仕事ですからね」
「……」
 キールに抱き上げられたアルノリトは、きょとんとしていた。テオドールよりも付き合いが長い癖に、キールは今まで、必要に迫られて手をつなぐくらいしか、この子供に触れようとしなかった。
 しばらく固まっていたアルノリトだが、キールの胸に、安堵したような顔で頭を預ける。甘えたくないわけではなかったはずだ。
 ずっと、もっと仲良くなりたいと言っていた。
「……私は、父とは違う道を行くことになると思いますが」
 キールは、テオドールを振り返った。
「許してくれるでしょうか、あの人たちは」
 笑っているのか困っているのかわからない顔だった。
 テオドールは、しばらくその目を見つめてから、ゆっくり頷いた。
 この男の気持ちがすでに決まっているのなら、自分が言う事なんてないのだ。

   
(続く)