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檻の中のカラスと孔雀

51:猛禽と、恋心


 ふと、まぶしさで目が覚めた。
 自分の体は、見覚えのある寝室で、ベッドの上に横たわっている。
 いまいち記憶が繋がっておらず、テオドールはなぜここにいるのか、しばらく考えた。
 ここは、自分たちがしばらく滞在していた、木立の中の別邸らしい。午後の西日で、室内は明るい。最後の記憶にあるのが陰気な暗闇だったので、突如切り替わる明るい景色に、頭がついて行かない。
 なんだか、怒涛のような夢を見ていたような気がする。しかし頭を動かしてみると、ずきりと痛むので、あんな目にあったのは事実らしかった。
 ぼんやり天井を見上げていると、のそりと黒くて大きなものが、頭のそばで動いた。
 枕元にいたらしい、マキーラだった。丸々とした金色の鋭い目で、こちらの顔を覗き込んでいる。
 なんだか久々に顔を見た気がして、テオドールはわずかに、顔に笑みを浮かべた。
「……元気か」
 どう声をかけるべきか迷いながらそう言うと、マキーラはこちらの言う事がわかるのかわからないのか、小さな声で鳴いた。そして雛を温めるような姿勢で、テオドールの枕元にそっと座り込む。この鷹にとっては、看病しているつもりなのかもしれない。
 ふと、自分の脇腹の辺りが温かいなと思ってそちらを見ると、胴体と腕の隙間に、アルノリトが器用に丸くなって寝ていた。
 湿っぽくて、温かい子供。地下で、泣きそうな顔をしながら走ってきたのは覚えている。頭を撫でてやろうかと思ったが、よく寝ているので起こしてしまいそうで、伸ばしかけた手を再び置いた。
 ベッドのわきでは、キールが椅子に腰かけて、目を閉じていた。黒いコートは脱いで白のシャツ姿になっていたが、左腕を三角巾で吊っている。地下の争いでこの男は怪我をしていたが、呼吸は穏やかで、ただ寝ているのだろう、というのはわかった。
(こいつの寝顔なんて、真正面から見たことなかったな……)
 思えばこの男も、警戒心が強い──そんなことを思いながらぼんやり見つめていると、キールもあまり深くは寝入っていなかったらしく、視線を感じたのか、ゆっくりと目を開けた。
 一瞬、無言の沈黙と共に、視線が合った。
「……目、覚めましたか」
 安堵と疲れを浮かべて、キールがつぶやく。その顔には、遅れて笑みが浮かぶ。
「……怪我」
「あぁ。大したことないですよ」
 キールは、吊った左手に視線を落とす。
「大げさにいろいろ巻かれただけです。あなたの方が、しばらく安静だそうですよ。でも医者が褒めてました。相当な石頭だからよかったんだろうって」
「自分でも、そう思う……」
 テオドールも、ため息とともに言葉を絞り出す。気が付けば、両手の枷も外れていた。枷でハンスを何度も殴打したせいか、手首には黒ずんだ内出血ができている。
「あれから……何日くらいたってる?」
「そんな、何日も経っていませんよ。陛下が亡くなられて、その夜にあなたはあんなことになって、一晩大騒ぎして朝を迎えて──今はその午後。静かでしょう?」
 キールは肩をすくめて見せる。
「もう葬儀は終わったでしょうけど、賑やかに喋るような空気でもない。主だった方々もそろって集まっておられるし……大半の方は、晩の騒ぎで寝不足でしょうけどね」
 この方も、とキールは付け加えながら、テオドールの隣で熟睡しているアルノリトに視線を向けた。
「本当は、別のベッドで寝て頂きたかったんですけど、離れなくて……すみません、私も引きはがす気力が、あまり。あとあなたの鷹は、ハト捕まえてきて枕元で解体してあなたの口に突っ込もうとするし……いろいろ大変でしたよ」
「……」
 マキーラをちらりと見ると、彼は不服そうに羽を膨らませて座っていた。気持ちだけ受け取る、と声をかけて、その背中を撫でてやる。
 キールの話を聞くに、どうやら自分の意識というのは、あの地下を脱出する辺りで完全に途切れたらしい。騒ぎのあと、どこをどう通って地上に出たのかも記憶にないが、その後ここに運ばれて、手当てを受けたようだ。汚れた服も、見覚えのない清潔な白い寝間着に着せ替えられている。
「でもなんか……いろいろ迷惑かけたみたいだな」
「別に迷惑なんて思っちゃいませんよ。逆にこっちが、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
 キールはそう言いながら、椅子の背にもたれて天井を仰ぐ。体重を受けた椅子の背が、小さく軋む。
「あなたの身は守るとか言っておきながらこのざまだし、怒らせたし戸惑わせたし、ろくなことしてない……最後はあなたに助けられたし。いろいろと、自分の詰めの甘さを痛感しています」
「……ちょっと、余計な事したかなと思った」
「何がです?」
「ハンス様と、お前の間に入ったこと」
「あぁ……勝負の邪魔したとか、そういう? ……全然。あの人、多分私をあそこで殺す気でいたし、あなたが出て来なかったら私は今頃、物言わぬ肉の塊になってどぶ川に沈んでますよ。ただ、猛烈に悔しいですけどね。腕だけで言えばあの人の方が、一枚も二枚上手だったので」
 天井に向けてため息をつくキールは、そこを心底悔しがっているようだった。
「それで……あの人、どうした?」
「……わからないです。私もご当主連れて、あなたを地下から出すのを優先したので、あとの事はその場にいた人に任せていたし……。まぁ、さすがに拘束くらいされているでしょうけど、この空気に水差すわけにもいかないので、処分は今のところ、保留だとは思うんですけど……」
 キールの言葉が終わらないうちに、ベッドの上で丸くなっていたアルノリトが、もぞもぞと動いた。まだ眠そうな顔でのそりと顔をあげて、テオドールの顔をじっと見つめる。そしてこちらが何か言う前に、シーツをめくって、当たり前のように中に入ってきた。ころりと横になり、そしてまた、テオドールの隣で寝る体勢に入ってしまう。
 キールが呆れた顔をした。
「……小さい子供に徹夜は厳しいですからね。今日はもう、特別にいいかな……怒る気力もない」
「まぁ、俺はいいけど……」
 すでに隣で熟睡しているアルノリトの頭を撫でつつ、テオドールも苦笑した。


 イラリオンが訪ねて来たのは、それからしばらく時間が経った、その日の夕方の事だった。
 応対したキールが驚いていたので、何かと思って身を起こせば──ベッドの脇までやってきたイラリオンは、あの長くて艶のある金髪を、ばっさりと切っていたのだ。妙にこざっぱりした頭になっている。
「……どうしたんですか、それ」
 テオドールも、思わずそんな声を出した。
「いや、一種のみそぎ? ここまで切ったのは初めて。頭が軽いね」
 刈り上げられた襟足を撫でつつ、イラリオンは笑う。
「こんな時に何です、みそぎって」
「こんな時だからこそ、かな。まぁいろいろ考えまして」
 眉を寄せるキールに、イラリオンは妙に清々しい顔で笑って見せた。
「将来的に、田舎の教会で坊主でもやろうかと思ってね。その準備と決意を兼ねて、この頭にしたわけで」
「坊主……?」
 いまいちイラリオンの言う事が理解できずキールを見れば、キールは硬い表情でこちらを見た。
「教会……寺院とか、そういう言い方した方があなたに伝わるのか、わからないんですけど……この国の宗教っていうのは、力が強くてですね。陛下も口出しできないような、一種の独立した組織なんです。そして、その道に進まれた方というのは、世俗との縁が切れます。今まで、さまざまな理由で、そちらに進まれた皇族の方はいらっしゃいますよ。でも……」
「問題は、かなり厳格なのよね、その信仰への道というものが」
 キールに用意された椅子に座りつつ、イラリオンはへらりと笑った。
「礼拝に来る民衆なんかはともかく、修道士なりなんなりになるってのは、生半可な生活はできないわけよ。何十年って本部の中でお勉強と厳しい修業がいるわけ。地方の教会に出してもらえるようになるのは、俺が生きていたとしても爺さんくらいになってからじゃない? ……つまり、そこに入っちまったが最後、この世との縁が切れる。親兄弟友人、当分誰とも会えない。食なんかの規律も厳しいしね。 だから俺も、今後の可能性の一つとは考えていたんだけど、今まで二の足踏んでたのよ。そこまでする覚悟もなかったから」
「……」
 テオドールは、何と声をかけたらいいのか、わからなくなった。
 話を聞くに、この国の聖職者というのは一種の特権階級のようなので、そうなってしまえば、彼の兄弟たちもこの男を追って殺すことはできなくなるということだ。イラリオンがそうやって身を引けば、この男を支持する層も何もできない。平和的な解決と言えばそうだが──それは、この男から『自由に生きること』を奪う。
 テオドールとキールが押し黙ったのが面白かったのか、イラリオンはへらりと笑った。
「そんな深刻な顔するなよ、お前ら。俺が決めたことなんだからさ。もう周りに好き勝手言われて、今後の人生左右されるなんて、嫌なこったって感じだし。逃げ回るのも、そろそろ疲れたしね。殺されるのはもっと嫌」
「でも殿下、そこまで信仰心あるほうでは……」
「……うるさいキール。本は読み放題なんだよ。絵は描く時間ないかもしれないが……曲くらいは創れるかもしれんしな。讃美歌だの、一応歌う連中もいることだし。宗教音楽に風ふかしてやるわ」
 しばらくイラリオンは呑気に笑っていたが、ふとため息にも似た息をついた。
「……ミヒャエルの兄貴とも、話したんだよ。もしかしたら、こんな俺の決意もケチつけられるかと思って、何なら、髪だけじゃなくて目でも潰して誓おうかって言ったんだけど、それはいいって面倒そうに言われた。多分あの人も、疲れてたんだな。年々徹夜はしんどくなっていくからねぇ。……しかし、こいつはよく寝るなぁ」
 イラリオンは、まだテオドールの隣で熟睡しているアルノリトの寝顔を覗き込んで、ほほ笑んだ。
「そうそう、これ、餞別。こいつが目を覚ましたら、あげてよ」
 イラリオンは持参していた小さな箱を、キールに差し出す。
「……これは?」
「絵具と筆。いい顔料そろえてやったんだ。アルノリトにやってくれ。あの館には遊び道具が足りないし、こいつ、絵描くの楽しそうにしていたし。好きになってくれたらうれしい。絵描きになるような才能は多分、ないけどな」
「……」
 キールは、何とも言い難い顔で、それを受け取った。
「あとは、まぁ……ちゃんと詫びも入れたくてね」
 イラリオンは、テオドールの方に、気まずそうに向き直る。
「……悪かったな、テオドール。あんたは何も悪くないから、今回のことは気に病まないでくれ。まぁ恨むなって言っても、無理だろうけど」
「別に、恨むとかはまだ……殿下が謝ることでは」
「いや。……なんて言うかねぇ。ハンスは俺の事で、思いつめちまったんだよ」
 イラリオンは、力なく笑う。
「ミヒャエル兄貴がいなくなったら、俺がもう少し楽に生きられるんじゃないか──あいつは常々、そう思っていたみたいだった。兄貴が俺の事、殺したいくらい目の敵にしていたの、ずっと見ていたわけだしね。……まぁ、こればっかりはどうにもならないよね。俺も何かしたわけじゃないけど、兄貴にとっちゃ、俺は視界に入るだけで腹立たしかったんだろうし」
 諦めきったような声だった。
「……ときどき思うわけさ。あの人の顔があんなことにならなくて、俺の容姿も平均以下だったら、性格は合わないにしろ、もうちょっとうまくやれたのかなぁ、とかね。……まぁ、それ言ってもあの人は怒りそうだけどなぁ。触れられない」
 イラリオンは、遠くを見るような視線で、夕日に染まる窓の外を見つめる。辺りは静かで、赤く染まる周囲の林は美しい。
「今回の件、俺は真っ先にミヒャエル兄貴を疑ったんだけど、俺たちの中でそういう流れになることが、ハンスにとっては狙いみたいだった。兄貴は悪い奴だ──そんな意識をアルノリトにも埋め込んで、何かあったとき、攻撃すべきはあいつだ、って思ってもらうように仕向けたかったんだろう」
「ハンス様とお話……あれから、されたんですか?」
 キールが遠慮気味に問う。イラリオンも小さく頷いた。
「ちょっとだけ、ね。兄貴も今、一応外面気にしているから、とりあえず、別の棟に幽閉というか、監禁中。今回の騒ぎ、かん口令敷かれてっからな。意味ないだろうけど」
 イラリオンは、何度目になるのかわからないため息をつく。
「……アルノリトに感情的になってもらうってなったら、お前やキールに何かあるってのが一番さ。キールに言う事きかせるのは骨が折れるだろうから、手っ取り早くテオドールってことだったんだろう。でも、最初から、殺す気まではなかったはずだ」
「……」
 テオドールは、視線を落とす。確かに出血した傷の手当てもしてあったし、暗闇の共にと、ランプも置かれていた。容赦のなさと微妙な気遣いが、そこに同居していた。
 確かに、ここに来た時からイラリオンとミヒャエルの関係は最悪で、自分たちもそれを目にした。
 ハンスから、あの仮面の男がどんな男なのかは、嫌というほどよく聞いた。事実かは知らないが『母親殺し』と陰で言われているという話も聞いた。テオドールは直接話すことはしていないが、あの男の周囲は常にぴりぴりしていて、話の通り、容赦のない恐ろしい男なんだろう、という印象は持った。元々、この兄弟の人間関係を把握しているキールは、なおさらそう感じたことだろう。
 アルノリトも、初対面のときはミヒャエルとぎくしゃくしていたので、そこまではハンスの思惑通りだったに違いない。
「でも、人間の感情ってのは、思ってた方向とは真逆に転がったりするからね。あいつにとって予想外だったのは、兄貴がこの子に対してはそこまで嫌味じゃなかったことと、この子も兄貴をそこまで敵視しなかったってことかな」
 イラリオンは、熟睡しているアルノリトに視線を向ける。
 ──言いたいことはわかる。
 互いに、己の容姿に対して、思うところある者たちだ。当初、ミヒャエルもアルノリトのことをただの「化け物で観察対象」としか思っていなかったはずだが、恐れず物申すこの子供に、若干何かを許した部分もあるのかもしれない。
 アルノリトも、醜いとされる部分を隠して生きる男に、何かしらの親近感を抱いた可能性もある。
「結局、悪いのは全部兄貴だよ、って話をする前にこいつは脱走するし、兄貴は兄貴で珍しく協力してくれたし。だんだん思っていた方向と話がずれて、ハンスも焦ったんだろうな。何食わぬ顔で、地下に降りる道を見つけてテオドールも見つけた、っていう風に装いたかったんだろうけど」
 イラリオンは、そばに立つキールを見上げる。
「くそ真面目同士の化かし合いは、お前の方が上手だった、ってわけだ」
「……」
 キールは、眉を寄せる。
「あの方は……ハンス様は今後、どうなるのです」
「さぁ」
 力のないつぶやきだった。
「兄貴は、その辺りは真面目に容赦ないと思うよ。罰なし、ってのはさすがにないだろうね。自分が狙われていたわけだし、案外大騒ぎになったし……」
 部屋の中には、重苦しい空気だけが漂う。
「まぁ……誰が悪いかって言ったら、そりゃあハンスが悪いんだが……俺も悪いんだろう」
 ぽつりと、イラリオンはつぶやく。
「だから、殿下のせいではないですよ。そこまで背負わなくても──」
「いや。……あいつが俺を好いてるのは、知ってたよ。でもどうしたらいいのかわからなかった。一応兄弟ってくくりじゃなきゃ応えたのかって言われても、それも全然わかんねぇ。真剣に迫られたところで、今でも気色悪いとしか言えない。悪いけど」
 イラリオンは、視線を俯かせる。
「でも普通に断っても、あいつは全然引かないし、流されて首縦に振るなんて嫌だし……なんて言ってやりゃ、良かったんだかね。多分あいつは、俺より俺の事を考えすぎたんだろうな。俺がどうあるべきか勝手に思いつめちまって、俺の希望抜きに考えて、そのために誰か犠牲にすることも、全然怖くなくなった。変な方向行っちまった」
「……」
 イラリオンの痛々しくも見える笑顔に、キールは複雑そうな表情を浮かべている。
「どうすりゃよかったのか──正直、神様拝んだところで、その答えが見つかるとも思ってないよ。でもなんか、そういうの目の当たりにして、俺だけ呑気に生きるのも悪いなと思った。あいつの頭の中なんて、きっと誰も理解できないだろうけど、俺はなんとなくわかっちまうんだよね。兄貴があいつを生かすのか殺すのか知らんけど……今はあいつのために祈ってやってもいいと思うよ。そんなわけだから、一回くらいお前らを俺の田舎に連れて行ってみたかったんだけど……できなくなった。悪いな」
 キールは、黙って首を横に振る。
「ま、生きてりゃそのうち会えるだろうよ。そのときは、お互いジジイだろうけど。テオドールも、いろいろ災難だったろうが──兄貴には、お前の役割、きちんと説明しているしあの人もわかっているだろうから、なんか考えてくれるだろ。突っかかる馬鹿は減ると思う。俺にはそれくらいしかできん」
 イラリオンは立ち上がると、さっさとと扉の方に向かい、こちらを振り向く。
「じゃあ、な。お前らも気を付けろよ。恋愛ってのは楽しいが、入れ込み過ぎると時に身を亡ぼすぜ。俺はもう、まっぴらごめんだ」
 陽気に笑いながら手を振ると、イラリオンは颯爽と、夕日に染まる林の中に消えていった。その背中は、見送りなんていらないし、同情も許さない、と言っているように見える。彼は思い切りよく、何でもないことのように別れの挨拶をして、去って行った。一度も立ち止まりはしなかった。
 その背を見送り、寝室には重たい空気が満ちる。アルノリトだけが、そんな会話に気付きもせずに、すやすやと穏やかに眠っていた。
「……いろいろ、考えたんですけどね」
 長い無言の中で、沈黙を破ったのはキールだった。キールは、テーブルに置かれた絵具箱を眺めつつ、言う。
「……私も場合によっては、ハンス様のようになっていたかもしれないな、と思います」
「何が」
 問えば、キールは気が重たそうな視線で、こちらを見た。
「私も結構しつこい男だなって、最近思い知って。……あなたはまだ、私が散々喚いても突っぱねずに、ごねながらも一応話は聞いてくださるからいいんです」
「……ごねてて悪かったよ」
 こっちだって、いろいろ考えることがあるのだ──そんな思いでつぶやけば、キールは苦笑した。
「でも思いだけ募って、熱心に好意を伝えても、嫌悪感丸出しでばっさり拒絶されたら……」
「お前そこまで根気ないって言ってただろ」
「言いましたけど……言いながら、それでも実は自分が諦めきれなかったら……私、受け皿のない気持ちをどうしていたんだろうなと思って。あなたに酷いこと、したかもしれない」
「酷いこと?」
 そう問えば、言いにくそうにごにょごにょと黙られた。
(こいつ何考えていたんだよ……)
 わかるような、わかりたくないような、そんな誤魔化し方だった。
「でもお前は……こんな方法は取らんだろ」
 テオドールは、そばで平和に熟睡しているアルノリトにシーツをかけ直してやりながら、その隣で横になる。
「……本当に、そう思います?」
「しない」
 不愛想に言い切ったテオドールを見て、キールは笑った。
「まぁ、何言われても……私は、好きになったのがあなたで、良かったと思っていますから」
「……」
 テオドールはどう答えようか考えて──ごろりとキールに背を向けて、今はそのまま寝ることにした。こういう部分が駄目なのだと、思ってはいる。
 しかし考えても上手い言葉は思い浮かばず、キールも今はそれ以上を求めていないようだったので、情けなく、それに甘えた。

   
(続く)