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檻の中のカラスと孔雀

番外編③ 吹雪が止んだら

 この辺りが結構冷える、というのはキールに聞いた。
 テオドールの故郷も、それなりに冷える。山間部となれば積雪量も多い。なので、寒いところの生活というのもそれなりに慣れているのだが、長年暮らした故郷とは、勝手の違う冬だ。
 どの程度雪に埋もれるのかわからない。テオドールは薪や納屋の食料を多めに室内に持ち込んでいた。
「……洒落にならないくらい寒いんですけど」
 そのとき何故か不満顔で、キールが二の腕をさすりながら客間に入ってきた。先ほど、この男は黒いコートを雪で真っ白にして帰って来たばかりだ。
「そりゃ寒いだろ。雪降ってるし」
 暖炉に持ち込んだ薪を足していたテオドールは、そんな男に視線を向けもせず、手を動かす。寒いのは言われなくてもわかっている。
「いや、外見てくださいよ」
「吹雪いているな」
「呑気な……さっきまで視界ゼロですよ。死ぬかと思いました」
 言いながら、キールは近くにあった椅子に腰かけた。
 朝、この男は定期報告のために城まで出かけた。それはいつものことだ。そのときは雪なんて降っていなかった。
 それが昼を過ぎたころからちらほらと雪が舞いだし、外は強風とともに吹き付ける雪が縦横無尽に吹き付けて、どこもかしこも真っ白になった。
 この辺りは深い森ではあるが、人が歩ける程度の道はあるし、さすがにずっと暮らしていれば、同じような木々の中でも、どこを通ればどこにたどり着くのか、何となくでもわかる。
 しかし今は、何もかも雪に覆い隠されている。今は多少和らいだが、先ほどまで先が見えないほどの吹雪だった。
 それでこの男、森までたどり着いたところで若干遭難しかけたらしい。
「でもマキーラが鳴いて方角教えてくれたんだろ。良かったじゃないか」
 テオドールはちらりと、視線を窓際にやる。そこには大きな鷹が、そしらぬ顔で羽繕いしていた。この雪なのに窓からひらりと外に出て、やたら大きな声で鳴くな──と思っていたら、遭難しそうになっていた同居人に気付き、呼んでいたらしい。
 ただ、だからと言って気を許したわけではなく、相変わらずキールには懐いていない。感謝して近寄ったキールの指を、皮手袋の上から容赦なく噛んでいた。マキーラにとって、それはそれ、これはこれらしい。
「……冷たい」
 ぽつりと、キールがつぶやく。一瞬マキーラに向けた言葉かと思ったが、そのじっとりした視線がこちらに向けられているものだということに、テオドールはしばらくして気付いた。
(……こいつ、あれか? 俺があまり心配してないと思って拗ねてんのか?)
 そんな考えに行きついた。
この男、たまに妙に子供っぽいというか、構ってほしい空気というか、そういうものを出してくることがある。人前では、自分が動揺なんてするわけないじゃないですか、というような顔をしているくせに。気を許されていると思えばそうだが──ちょっと面倒くさい。
「……一応心配はしてたよ。良かったな、こんな場所で立ったまま凍るとか、そんな死に方しなくて」
 ため息交じりに、入れたばかりの熱い茶を差し出してやった。
「しばらくそこで火に当たってろよ。また大風邪ひかれても困るし。……お疲れ」
 最後、ぽつりとそう言えば、キールはにっこりと、妙に人懐っこそうな笑みでカップを受け取った。あまり人には見せない表情なのだが──テオドールはこの男のこの顔が、そんなに嫌いではない。ある意味、素直な男なのだと思うし、羨ましいような気さえする。
「……そう言えば」
 カップに口をつけかけたキールが、辺りを見回した。
「ご当主の姿が見当たりませんが」
「マキーラの視線の先」
 テオドールの言葉に、キールはマキーラの方を見た。窓際の鷹は、羽繕いを終えて、窓の外を眺めている。その視線は、軒下を向いているようだ。
「あぁ……雪だるま」
 そちらを覗き込んで──キールは感心したような、呆れたような声でつぶやいた。
 外では服で着ぶくれて丸くなったアルノリトが、せっせと雪だるまを制作していた。小さなものが、三つ並んでいる。
「いつの間に外に出たんですか……」
「お前が帰ってきてすぐ」
 一応、キールの事はいつものように出迎えていた。だが雪が弱まったのを見ると、いそいそと外に遊びに行ってしまった。
「子供は風の子というか……元気ですねぇ」
「そろそろ回収してくる」
 言いながら、テオドールは上着を羽織った。遠くには行くなと言ってあるが、すっかり雪遊び夢中だ。あとで絶対、冷え切ってこちらの寝床に潜り込んでくるところまで想像がつく。
「すっかり親ですね」
 何か後ろでキールが言っていたが、テオドールは答えなかった。自分だけ親にされても困る。
 玄関から出ると、そのすぐわきでアルノリトがしゃがんで、せっせと雪玉を丸めていた。
「……アルノリト、そろそろ中に入ろう。風邪ひくぞ」
 声をかけると、アルノリトはこちらを見上げてにっこり笑う。
「できた」
「何が?」
「僕ら!」
 何か自信満々の顔だ。見れば、手のひらほどの雪だるまが三つ──その横に、小さなものが一つ。計四つ。
「これがテオドールで、これがキールで、僕で、マキーラ」
 しゃがんだアルノリトは、着ぶくれた背中で、一つずつ雪だるまを指さして説明してくれた。
 何を作っていたのかと思えば──自然と、テオドールの顔に笑みが浮かぶ。
 寒さは強く、顔に当たる雪も冷たいが、妙にほっこりとした気持ちになった。脇から手を入れてアルノリトを抱き上げると、アルノリトは大人しくテオドールの首にしがみつく。
「テオドールは雪遊びしないのー?」
「子供のころは、したよ」
 思い返せば、風邪気味なのに外に遊びに出て叱られたこともあった。いつの間にかそんなことはなくなったし、雪に心躍るものではなく、冷たくて残る、忌々しいものになったが。
「キールも?」
「あいつも多分、雪遊びくらいしただろ」
 聞いてないけど──と思いつつ、せっかくこんな天候なので、そういう話を聞いてみるのもいいかもしれないと思う。あの男が、雪に心躍らせていた子供のころの話でも。
「じゃあ、一緒になにか作ろうよ」
 アルノリトはまだ雪で遊びたそうである。さすがに冷えて、鼻の頭は赤くなっているが。
「吹雪が止んだらな」
 そう声をかけて、二人は玄関に向かう。今日はどんな温かいものを食べようか、と思いながら。

   
(終)