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檻の中のカラスと孔雀

番外編④ 親愛なる友人たちへ③

 封筒の中には、数枚の便箋が折りたたまれて入っていた。
 キールの手元をちらりと見ると、文字は便箋の上から下までびっしりと、模様のように書かれている。
「あの人、こんな書き方するのか……」
 テオドールは意外だった。いくら自分が手紙なんて書いたことがないとはいえ、少し異様な書き方というのはわかる。
「いや、多分余白すら惜しかっただけかと」
 キールはそれを、やんわりと否定する。
「なかなか、私的なものって貰えないらしいですから」
「そこまで厳しいのか……?」
「でないと、世俗と縁を切るなんて言えませんよ。生活も、時間割ですべてやることが決まっていて、黙々とこなしていくそうですよ。集団生活ですからね」
「……俺は無理だな、そういうの」
「まぁ貴方は、黙々とはやってくださるんですが、ある程度自由にやっていないと駄目になる性質かなぁ、とも思いますし。向いていないでしょうね」
「そもそもやりたいとも思わないけどな……」
 そう投げやりに答えると、キールは苦笑していた。
「で? どういうことが書いてありそうなんだ」
「ざっと見た感じですと、真面目に近況報告をくださったようですよ」
 キールは、手元の便箋に視線を落とす。その表情を見るに、この男が懸念していたような種類の手紙ではなさそうだった。
「殿下としても、書くことで気持ちを整理したかったのかもしれませんね。それにしても……」
「何」
「いや、この方の字、相変わらず癖字で読みづらいなぁ……と思って。まぁ隙を見て書いてくださったんだろうとは思いますが。直す気ないんだろうなここは……」
 キールはぼそりと、小声でつぶやいた。
「とりあえず、頭から読んでいきますね──親愛なる友人たちへ」
 その手紙は、宛名と同じ文章で始まっているようだった。


 親愛なる友人たちへ。

 突然の手紙で失礼する。
 この手紙が届くかどうかは賭けの部分があるが、無事届いていると思って書く。
 文章が読みづらいかもしれんが勘弁してくれ。こっちもあまり大っぴらに手紙なんて書けないもんで。今も隙を見て書いている。

 おそらくお前たちのことなので、元気にしているとは思っているがどうだろうか。
 こちらはぼちぼちと元気にしている。あまりにも規則正しい生活なので、逆に健康になりつつある。
 俺は今、海の上だ。
 とは言っても、いるのは島だ。城下の港からは半日くらいかかる場所だから、空気も良ければ眺めもいい。
 ここにいる連中は、俺みたいなわけありの連中が半分、あとは真面目にその道を志した人間が半分。教養のある、人間できた奴が多くて、案外人付き合いは楽だ。俺の周りにどれだけナニな奴が多かったのかってことを、今更思い知っている。
 ここはでかい畑だのハーブ園だのがあって、ある程度の自給自足みたいなもんだ。おかげで毎日鍬を握って畑仕事だ。この俺が。
 でもこれも、また楽しいとは思っている。面白いのは、長年秘蔵の畑で育てているもんだから、ここでしか見られないような花だのなんだのがあるってことかな。そういうのを記録する様な絵描きを欲しがっていたみたいだから、ちまちまと植物画も描いているよ。
 まぁ、今は大人しくしておく時期だとは思っているから、言われた通りにやっている。

 お前らは俺が無色で、植物みたいな生活をしていると想像しているだろうし、俺自身もそう思っていたけども、今のところそう悪くはない。別に命を狙われるなんてこともないし、干渉してくる奴もいない。そのかわり、個というものは消え失せる気がする。

 そんな中で、今回こんな手紙を書こうと思ったのは、別にそんな生活を自慢したかったからじゃない。
 まず、謝罪が足りなかった気がしたからだ。言い逃げのような有様だったからな。
 冷静になって考えてみれば、怪鳥の威光ってものを、一番得たかったのは俺なのかもしれない。
 振り回したことは、本当に悪かったと思っている。
 兄貴には筋は通したつもりだが、お前たちのことは投げっぱなしになってしまった。そういうところが打算的で、アルノリトに好かれなかったところかもしれないなとも思う。名前、ずっと読んでもらえなかったからな。
 これでも、可愛いとは思っていたんだ。今ここでこういうことを書いても、全部言い訳の自己弁護のような気がする。できることは少ないが、お前らの平穏を祈らせてもらいたいと思う。ただ俺は信心深くないので、効力のほどは期待しないでくれ。

 それから、俺がもう関与することではないのだが……皇帝陛下の代替わりの話は、こちらにも届いている。父のやり方をうまく受け継いで、急なことではあったが混乱はないようでよかったと、お偉いさん方は言ってるよ。
 あんなねちねちした嫌な男なのに、やたらと褒めるもんだから、俺としては微妙な気分なのだけども。
 親父は女で失敗する奴だったけど、あの兄貴は機嫌さえ損ねなければそこそこ有能だと思うので、お前らとも当たり障りなくやると思うんだが、どうだろうか。
 まぁ兄貴にしても、今お前らの事に口出しして、得るものも少ないと学んだだろうから、何かあるとしたらアルノリトがある程度育ってからだろうけど。

 あとはまぁ、引っかかっているとしたら、ハンスの事。
 これはお前たちの方が詳しいかもしれない。

   
(続く)