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番外編

年末番外編2:自分たちのクリスマス


 珍しく映画を見に行った。
 普段は気になる作品があっても、あまり映画館で見ることはない。お金がもったいないから──というけち臭い理由なのだが、高校生で千八百円は高い。
 今回はたまたま、本当に気になる映画があったので見に行った。心理サスペンス風の宣伝だったが、実際見てみると、思っていたのとちょっと違った。
(ちょっと、見だしたときから怪しい臭いはしてたんだよなぁ……)
 八束は映画館を出て、街の往来に紛れて歩きながら、少々がっかりの混じったため息をついた。
 宣伝では、あれだけ『最後まで気を抜けない、スリリングな心理戦! 豪華キャストで贈る、今年最後の話題作!』と煽っていたくせに、どちらかと言えばとんでも風味の混じったホラー寄りで、問題は力業で解決したかと思いきや、最後の最後でまた問題の種が目を覚ます──というありがちな終わりだった。
 面白くなかったというか、完全に宣伝詐欺、タイトル詐欺の部類だった。
(ある意味、一人で良かった)
 友人の佐々木だったら「これまじつまんね」と見ている最中からイライラしていそうだし、後で「見たい」と言い出した自分に文句が来そうだ。
 霧島であれば無言で付き合ってくれそうだが、あの覇気のない顔がさらに元気を失くしてしまいそうである。
 一応二人とも誘ってみたのだが、用事があったらしい。おかげで、友達を失くさずに済んだ。
(長畑さんだったら、どんな顔してるんだろうな)
 好きな人と、微妙な空気になりそうな映画を見てしまったら──そもそも、二人で映画を見たことはないのだが、想像するとちょっと怖い。
 多分、あの男は「これはこれで楽しめた」と前向きに言うのだろう。半笑いで。
 

 昼前から始まった映画だったので、終わったときは午後一時半を回っていた。微妙に空腹だったので、八束は目についたコーヒーショップに入る。
 席はどこもかしこもいっぱいだ。店内を見まわし、窓際のスタンド席の隅っこにようやく空きを見つけて、そこに陣取る。
(なんていうか……クリスマスって感じだな)
 クリームの乗った甘めのラテを飲みつつ、思う。
 街を歩いていたときも、映画を見ていたときも思ったが、周りは非常にカップルが多かった。中学生まで初々しそうな雰囲気を漂わせながら、男女で嬉しそうに歩いている。
 妹も今日、友達とクリスマスパーティーをするんだと言っていた。とはいっても、友達で菓子とプレゼントを持ち寄って、友達の家でわいわい遊ぶだけらしい。まだ女子だけの集まりらしいので、 可愛らしさはある。
 そんなことを考えながら、スマートフォンで先ほどの映画の感想を検索する。
 見るまで、ネタバレが怖くて見ないようにしていたのだが──やはり微妙、という声が多かった。
 がっかりポイントが同じ人間のコメントを見つけて、八束は思わずにやけた。一人なので語る相手もいない。映画を見て負ってしまった傷は、こうして舐め合うしかないのだ。
 そんなことをしながら温かいコーヒーをすすっていると、周囲の会話が耳に入ってきた。
「クリスマス一緒に過ごそうって誘ったのに、向こうバイトだって。全然わかってないよねぇ」
 若い女の子の集団だ。多分八束より年上の、大学生くらいの。
 どうやらぼやく女の子には彼氏がいるらしいのだが、彼氏はクリスマスは時給が高いから、とバイトを取ったらしい。
 友人たちは「えー、可愛そう、男最低」とか「バイトなら仕方ないんじゃない?」とか言いながら、不満たらたらな女の子の愚痴を聞いてやっている。
(……でも、俺もバイト取るな。時給百円高いんだったら)
 一人真面目にそう思ったが、多分それだと「最低」とかこんな風に言われるのだ。
 あまり意識したことがなかったが、クリスマスというのはカップルにとって特別らしい。
 それを口実にして、いつもはできないことができるというか、周囲の空気もあって盛り上がれるというか。
 ──クリスマスってのは、家族で過ごすんだよ。
 イギリスで青春時代を過ごした長畑は、そう言っていた。
 どうやら向こうは、日本とは過ごし方が違うらしい。そして当の本人も、クリスマスだからどうしたい、というのは特に自分に求めていないらしい。今日も元気に仕事をしている。
(俺もあの人も『えー、最低』の部類にされるのか)
 面倒くさいな、と思った。
 だがそんな自分たちだから、気が合うのかもしれない。これっぽっちも似ていないし共通点もない自分たちだが、そういう微妙な部分の価値観は合うのだ。あの男と付き合うことは緊張するし、 いろいろ考えもするのだが、そこは一緒にいて楽な部分だ。
(でも、家族で過ごすものって考えがあるなら)
 あの人、ひっそり寂しくなったりしないだろうか、とちょっと心配になった。
 阿鼻叫喚の映画口コミページを閉じて、八束はメール画面を起動する。
 ──ケーキ、買って行きましょうか?
 クリスマスだから、とは書かなかった。クリスマスだから、恋人と過ごしたい奴なんだと思われるのも嫌なのだ。自分でも面倒くさい奴だと思う。
「……よし」
 メールを送って、画面を閉じる。どうせすぐにメールは返ってこない。
 自分からのこの文面を見て、長畑は何を思ってくれるのだろう? それが怖くもあり、楽しみでもある。
「僕は、ケーキより肉かなぁ」
「……」
 突然、頭上から降ってきたその声に驚いて、八束は固まる。
 恐る恐る上を向けばよく知る背の高いが、笑顔で立っていた。
「隣、いい?」
「ど、どーぞどーぞ」
 八束は慌ててカバンをどかす。
「長畑さん、なんでここにいるんですか……?」
 八束は困惑しながら問う。今日ここに自分がいるなんて、この男に言ってない。
 しかもこの男は作業着を着たままなので、仕事中だったのだと思うのだが。
「いや、今日って世の中クリスマスでしょ?」
 長畑はトレイに乗せたコーヒーをテーブルの上に置きつつ、言う。
「はい」
「やたらとテレビとかで、チキンのCMとかしてるでしょ? なんか猛烈に、これが食べたいってなるときあるじゃない」
「あぁ……」
「で、これ買って、珍しくクリスマスらしいことしてるなぁと思って車に戻ろうとしたら、映画館から出てきた君を見かけた。ストーカーみたいでごめんね」
「いや、全然いいですけど……」
 それでか、と八束は思った。
 隣に座ったこの男の手には、ビニール袋が握られている。中には紙袋に包まれたフライドチキン。この近くにある店のものだった。夜は混み合うので、空いた時間に早めに買いに来たのだろう。
「長畑さんって、あんまり何が食べたいとか言わないのに、珍しいですね」
「うん。でも食べたら食べたで後悔すると思うんだけどね」
「何でです?」
「最近、胃が油に負ける……」
「早いですよ……」
 この男はまだ三十代になったばかりだ。もう少し、胃を鍛えた方がいい。
「で、これ。君の家の分」
「え」
 長畑は、フライドチキンの入った袋を一つ、八束の前に置いた。
「俺んちの?」
「うん。あとで届けに行こうと思ってた。よく晩御飯食べさせてもらってるので」
「いいのにそんなの」
「いいの。これくらいしか、僕もできないしね」
 柔らかく笑う長畑につられて、八束も笑った。なんとなく似たようなことを考えていたというのが、嬉しかった。
「ケーキはいいけど、メールありがとうね。一人で遊んでるところに声かけるつもりなかったんだけど、あれ見てつい」
「いや、いいんですよ……微妙な映画見ちゃって、レビューで癒されてたところですから」
「ふぅん……どんな映画?」
「宣伝詐欺な、シリアスな大作と思わせてB級パニック的な」
「それはそれで、面白そうだけどね」
「でもレビューが、阿鼻叫喚で笑えます」
 先ほどまで見ていた口コミサイトを見せると、長畑も読みながら苦笑していた。
(やっぱりこの人は、こういう反応だよなぁ)
 どうせなら、一緒にこの微妙な映画を見て、語り合いたかった。
 ふと後ろの方を見ると、先ほどの女の子たちが「あの人格好いいね」とささやいているのが聞こえた。
(そうだね)
 八束は一人、素知らぬふりをしながらも得意げだった。
 なかなか世間一般のクリスマスは提供してくれないと思うが、自分が好きなこの男は、最高に格好いいのだ。
「……これ、見たいなぁ」
 そんな長畑は、八束のスマートフォンでレビューを見ながらつぶやく。
「え」
「シリアス映画じゃなくて、こういう映画だと思えば頭からっぽで楽しめると思うよ。今度、休みの日に一緒に行かない?」
「いや、俺、二回目はちょっと……」
「ふぅん。いいよ。じゃあ霧島さん誘うから」
「ちょっとそこはやめて! 俺が行きますから! 行かせて頂きますから!」
 作業着の胸ポケットから自分のスマートフォンを取り出しかけた長畑を、八束は全力で止めた。