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RED!!

その男、下心満載につき


 ぱちぱちと薪がはじける暖炉の前に、椅子を置く。
 そこに腰かけ、紅い炎に手をかざしながら、リオリアは毛布に包まり、暖を取る。
(あー、なんで火って、こんなにほっとするんだろうねぇ)
 しみじみと思う。窓の外は猛吹雪だ。今日は瞬きせずにいたら、眼球までかちかちに凍ってしまうんじゃないか──そんな寒さだった。
「びっくりしたよね。こんな日に、訪ねてくるなんて、思わなかったからさ」
 背後からそう声をかけてきたのは、黒髪の紳士、ローランドだ。彼は今作ってきたばかりのホットワインを、暖炉の前で芋虫のように丸まっているリオリアに差し出した。
 ここは、三区にある彼の館だ。普段はこの家を遊び場にしている近所の子供たちも、さすがに今日は見当たらない。ローランドは一人、暖炉の近くで読書をしていたらしい。
「扉を叩く音がするからまさかと思ったら、君が真っ白になって立っているんだもの。前髪なんて凍り付いてるしさ」
 リオリアの隣に椅子を引き寄せ座ると、ローランドはあきれるような声で言いながら、その長い足を組んだ。
「お城の騎士様は、こんな日も城壁警備? ご苦労なことだけど、死ぬんじゃない? それともこの程度の寒さに耐えきれるような人間じゃないと、ブルウズの騎士にはなれないとか?」
「……そんな入団条件、さすがにないですよ」
 リオリアはずるずると、ホットワインをすする。大陸最強と謳われど、自分たちは別に、人間を辞めているわけでなない。
「城壁に立っていたら吹き飛ばされそうだったので、さすがに今日は詰め所にいました。一応寝泊りもできるんですよ」
「ふぅん? じゃあそこで吹雪がやむの、待ってりゃよかったんじゃない」
「いやー……俺、病欠の奴の代わりで丸々二日そこにいたんですよ。狭いし男くさいし、やっぱり寒いし」
 温かいものを食べたいし、自分のベッドでゆっくり寝たいし──で帰りたくて仕方なかった。夜が明けてようやく交代の時間が来て、リオリアはさっさと帰路に就いたのだが、吹雪はだんだんと強くなってきた。
 こっちは生粋のブルウズ生まれ、この程度の吹雪で根を上げて、ブルウズの騎士が名乗れるか──と思っていたが、次第に視界も効かないほどの猛吹雪となってきた。都市の中で騎士が遭難など、笑えない。どうしようかと考えて、城に直接戻るより、三区のローランドの屋敷の方が近いことを思い出した。
「で、うちに来てくれたの? ……あてにしてもらえたのはうれしいけど、玄関で凍りそうになっていた君を見たときの私の気持ち、考えてくれない? もう焦ったよ」
 その言葉の通り、扉を開けたローランドは一瞬目を真ん丸くすると、リオリアを素早く室内に引き入れ、雪まみれになったコートを脱がし雪でぬれたブーツも脱がし、毛布で包んで暖炉の前に押しやった。普段どこかゆったりしているこの男にしては、珍しい機敏さだった。
 ローランドは不機嫌そうに頬杖をついてこちらを見ていたが、やがて指を伸ばし、リオリアの頬をむにむにとつまむ。
「でも、多少血色が戻ってきたねぇ。君もともと肌白いけど」
「ワイン飲むのに邪魔」
「いいじゃない、減るものじゃあるまいし。こぼしたって別に構わないよ?」
 ローランドは人の良い顔で、にっこりと笑った。こちらを甘やかしているときの表情だ。こういうとき、この男は妙に年長者ぶるのだ。
「……で、ちょっと質問が」
「何かな?」
「ホットワインはありがたかったんですけど」
「うん」
「これ、なんかワインのわりに度数高くないですか?」
「うん。貰い物のヴォトカを、ちょいと混ぜたよ」
 ローランドは頬杖をついたまま、さらりと微笑んで答えた。
「……どうりで、なんかきついし喉が痛いと思いました」
 甘みの強い温かなワインとスパイスに騙されて、くびくびいっていたが、妙に血のめぐりが良くなってきた。頭もふわふわする。この男、何飲ませやがった──と思ったが、大陸で一番度数の高い酒を混ぜ込んでくれていたらしい。
「だって雪山で凍えたときに効くって、フロルが言ってたし」
「あの執事さんはどういう環境で働いていたんですかねぇ……っていうか、俺酒好きだけどすぐ酔っぱらうの知ってるでしょう? 帰れなくなるじゃないですか」
「うん。だから、帰らなきゃいいじゃない」
 ローランドは妙にきっぱりと言ってのけた。
「どうせ夜勤でろくに寝てないんでしょう? 吹雪もすごいし、出ないほうがいいよ。で、うちで寝ていけばいいじゃない。一緒にベッドで温まろうよ。ついでに気持ちよくなろうよ」
(この人、下心しかねーじゃねーか……)
 けろりと言われて、リオリアはしっかりと飲み干したホットワインの器を、やけくそ気味にテーブルの上に置いた。
(なんで俺、このエロ小説家に惚れたんだっけ……)
リオリアは、渋い顔をしながら、額を押さえて考える。だが、強い酒でふわふわとした頭では、どうにも思い出せない。
「……俺、結構酒が足腰きてるんで、勃たないかもしれませんよ」
「まぁそこを何とかするのが私の役目でしょう。満足はさせてあげるよ」
「……あとご飯」
「勿論。よいチーズもあるし、今日のディナーは君の好きな鹿肉シチューでどう? それに、デザートもつけよう。昨日焼いたスコーンが、まだ残っているからね。ベリージャムでもつけて食べようか?」
 ローランドはにっこりと笑いながら、リオリアの耳に、吐息交じりの誘惑を囁いた。どれもこれも、魅力的なお誘いだ。この男は菓子を作るのが上手だが、料理を作るのもうまいのだ。貴族の息子として良いものを食べ、親しんできたその舌には、はずれがない。
 立つのが面倒になってきたリオリアは、ローランドに両手を差し出した。無言で「立たせて」と、目で訴える。
「剣を持って悪党と対峙する君は、あんなに格好いいのにねぇ?」
 ローランドは苦笑しながら、リオリアを立たせた。その眼は、困ったお子ちゃまですね──とでも言いたげだ。
「ついでに抱っこして連れて行ってくれたら、最高なんですけど」
「無理。私の膝と腰が壊れる」
 挑発的に言ってみれば、ローランドはそう即答した。二人は顔を見合わせて、しばし腹がひきつるほどに、笑った。

(終)