HOMEHOME CLAPCLAP

幸運は、扉を開けて

1:社畜と無職のやさがし


 この町の北側にある山の中には、一軒の洋館がある。
 築百年は経過していると言われるその洋館は呪われていて、訪れた者には確実に、逃れられない不幸を与える──そんな噂が流れ始めたのは、半年ほど前の事だ。インターネット上で話題となった事をきっかけに、それまで若者に見向きもされなかった洋館は一気に注目を集め、地元でも話題のスポットとなった。
 しかし、頭を痛めている者たちもいた。
 洋館の持ち主である、瓜生家の者たちだ。

「おー。やっぱり人が住まないと、多少荒れるね」
 年末も近づいた、冬の午後。
その洋館に車で訪れた一人の若者は、安物ダウンジャケットをかさかさと言わながら腕を組み、その洋館を見上げた。活発そうな雰囲気を漂わせるその男は、名前を瓜生総司という。
「家と言うのは、やはり生き物だな」
 同じ車の助手席から降りてきた、眼鏡をかけたスーツ姿の若者も、同意するように頷いた。
「人がいないとすぐ痛む」
 そう呟くのは、瓜生隆弘という男だ。総司のいとこであり、同じ年。近所に住んでおり昔から仲も良かったので、よくつるんでいた仲だった。
「山道車ですれ違った人が、『あいつら心霊スポット行くんじゃね?』って顔でこっち見てたなぁ」
「最近多いからな。昨日位にも来ていたんだろ」
 隆弘に促されて地面を見れば、まだ庭の土の上に、まだ真新しいタイヤの跡がはっきりと残っていた。ここ数日雨が続いていたので、地面がぬかるんでいたのだろう。総司はそれを、眉を寄せて見下ろす。不法侵入の痕跡を見て、気分の良いものではない。
「……こいつらも、怖い目にあったのかね? 確実に不幸になる、って言うんだろ? ここ来た奴」
「さぁ。噂ってのは、何倍も尾ひれがつくものだから」
 隆弘はあまり興味がないようだった。もとより、心霊現象否定派で年齢の割に落ち着いている男だ。
 そのせいもあって、今日ここに来る役目を負わされたのだろう。
 総司と隆弘、二人が今日ここにやって来たのは、肝試しの為でもない。一族が所有する──正しくは総司の父の所有なのだが、その歴史ある洋館の現状を確認する為だった。

 この洋館は木造二階建てだ。外壁は白、屋根や柱は差色のように薄い緑色で彩られていて、その色味から「松葉色の御屋敷」と呼ばれていた。今は少々色味もくすんでしまって、不気味な雰囲気も漂う。
建てられたのは明治の終り頃。海外からやってきた技師の為に建てられたというこの松葉の屋敷は、その後さまざまな持ち主の手に渡った後、最終的に総司の祖父が買い取った。
 古くからこの地で事業を営んでいた瓜生家は資産家であり、複数の会社を持っていて、非常に裕福な一族だったのだ。
 この洋館を気に入った祖父はここに移り住み、晩年までを過ごし、十五年ほど前に亡くなった。
 その後は祖母が一人で暮らしていたが、その祖母も体調を崩し、昨年亡くなった。
 異変が起き始めたのは、それからだ。
 祖母が亡くなった後、瓜生家はこの洋館の扱いに悩んでいた。
 勿論、愛着だってあった。この家には祖父母の思い出が詰まっている。それはこの家で育った、総司の父も同じだ。
 しかし、この洒落た洋館は、現代の暮らしには馴染まないのだ。築百年は経過しているこの物件は、メンテナンス費用もかかる。バスも来ないような山の上にあるという立地も不便だ。祖母の死後、誰も住む予定がなかったし、ただ所有しているだけでも、税金などで金がかかる。
 そんなとき、市からこの洋館の文化財認定の話が出てきた。
 明治前後に技術者として多くの外国人が訪れた歴史のあるこの辺りには、他にいくつかのその時代の洋館が現存していたので、神戸や長崎のように、それらを管理し町おこしの一環にしたい、というような思惑があったらしい。
 それは瓜生家としても都合の悪い話ではなかった。いっそ、この際権利も管理も市に譲ってしまおうか、という話まで出てきていたようである。
 しかし、その関係で市の職員がこの屋敷に視察に訪れたとき、最初の異変が起こった。