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町に出る鬼

06 仏壇の前で語られる真実


「別に俺は、この事でアンタを強請ろうとか、そんな事考えてるわけじゃねぇんだ」

どこか警戒する色を出し始めた義成に、利秋は言う。
「俺の家でも少々妙な事が起こっていてね。正直理解ができないんだが、この家を襲った者ともしかしたら 同じかもしれない。俺はそれが知りたいだけだ」
「…同じ?」
義成が、じっと利秋を見る。
値踏みするようにしばらく見ていたが、義成は少しの間の後、ため息をついた。
「…貴方は何か御存知なのですね」
その声には、どこか諦めのようなものが含まれていた。
利秋が何を知っているのか、理解しているような。

「知ってるか知らんのか、俺にもよくわからなくなってきてね。…何が正しいのかも。 聞ける意見は多い方がいい。アンタが言う事が嘘じゃないならな」
「…全てが嘘なら、どれだけいいかと思いますよ」
義成は言葉を選ぶように、己の記憶を思い起こすように、目を閉じた。

「…私は何も見ていない、とお伝えしているのは貴方も知っての通りです。だが、それは「嘘」だ」

義成は息を吐いて、利秋の目を真っ直ぐに見た。

「私が見たのは、弟が家族の遺体を弄んでいる場面です」

…弟。
義成の口から初めて出た言葉に、利秋は眉をしかめて聞いた。
「弄ぶ、とは…?」
「文字通りです。腹に手を突っ込んで臓物を引きずり出したり。…子供の砂遊びのような様子でした」
義成は、淡々と語る。

その夜、自分は所用で出掛けていた。
夜遅く帰ると自宅が妙に暗く、静かな事に気付き不振に思った。
屋敷の中に入り、呼びかけても誰も答えない。 …おかしいと、このとき思った。すると、近くの部屋で何やら小さな物音がする。 音に釣られて障子を開けると、暗闇の中こちらに背を向けてしゃがんでいる弟の後ろ姿を見た。
弟が何かをしており、不信に思って名を呼ぶと、くるりと振り返った。

全身血まみれで、虚ろな顔をして。

足元には、人間の遺体らしきものがあった。誰のものかは理解できなかった。

「何をしているのかと問うと、弟は部屋を飛び出しました。私は後を追った。…そのとき明かりを持ってみて初めて、屋敷のあちこちに血痕がついている事に気がつきました」

何かが起きている、と思った。
手形や何かを引きずったような、生々しい痕跡。

闇の中を進むにつれて、義成の中である確信が生まれていったという。

「弟だ、と思いました。そうとしか考えられなかった。あれの仕業としか考えられなくなっていた」
「…斬ったのか」

嫌な間だった。重苦しい沈黙の後、義成は静かに頷いた。

「暗闇の中、怯えている弟を見つけました。腕を掴んで庭に引きずり出して、刀を突き付ければ、…あいつは首を横にふるばかりでした」

違う。
やっていない。
自分じゃない。
信じてほしい。

「お前以外の誰がやるのだと問えば、弟は黙りました」

下手な言い訳をするな。
お前以外に誰がいる?
こんな外道だとは思っていなかった…!
言え!

そんな言葉を叩きつけても、何度斬りつけても殴っても、弟は首を縦に振らなかった。

…違う。
違う。違う、違う。

そう何度も否定していた言葉は、次第に聞こえなくなっていった。

「こいつを殺して俺も死のうと思いました。でも、誰かが生きている可能性は捨てられなかった。あのとき私が見た遺体は一つだけでしたから。…すぐに希望は砕け散りましたけど」

屋敷の中を巡って、惨状を確認した。
家族は逃げ惑ったのだろうか。本当に屋敷のあちこちが血塗れだった。
…だが。
「庭に戻ると、弟は消えていました。その後、騒ぎに気付いた近隣の方が集まり始めて…後は貴方も知る通りだと思います」
「…何故、そこまで見ていながら、あんたは犯人が弟だと言わなかった?」
「…理由は二つあります。弟には戸籍がありません。外には知られていない子だったので、その事を今更詮索されたくはなかった。あともう一つは…あの子が事に及んだ事情が、わからないでもない事」
義成は、仏間から縁側を挟んで広がる庭に視線をやる。
2か月ほど前に起きた惨劇の場。
今は、その気配は全くない。

「殺人には動機がある、と?」
利秋の問いに、義成は頷く。
「…先ほどお話したとおり、我が家は崩壊寸前でした。昔はそれほどでもなかったのですが。目に見えて変わったのは、弟が家に連れて来られてからです」

父が外につくった女。
美しい遊女だったという。女は父の子を孕み、姿を消していた。
ようやく見つかったのは、その女が死んだ時。女は息子を残していた。

父は突然、その子を家に連れて帰って来た。

家族は皆、驚いた。
何年も行方を探し続けたのだから、父は本当にその女を愛していたのかもしれない。
だがその事に、母は激怒した。

「父も母に強く言えなかったのでしょうね。…弟は離れの部屋に閉じ込められていました。何もない部屋に、たった一人で。時折殴られてもいたようです。恨まない方がおかしい。あんなのは、人間に対する扱いじゃない。…俺にも責任がある事です。止める事ができなかった」
でも、と義成は続ける。

「時間が経つ度、思うのです。死体は一部食い荒らされていました。3人ともです。少年にそれだけの事ができるのか。 あいつにあんな事が本当にできたのか。…俺が見た弟は、本当に弟だったのか。あんな状態の弟は何故消えたのか。 …そんな疑問ばかりが浮かんでくるのです」
頭を抱え、唸る様に義成は言った。
本当は、すぐに弟を探さなかった事を後悔していると。
「…あんな事をするような奴ではありませんでした。あいつの話を、もっとちゃんと聞いてやるべきだった。
死体が見つかった、という話は聞きません。…今どこにいるのか」

義成の後悔の念は、相当深いようだった。
利秋は悩む。
今ここで、景伊の話をしていいものかどうか。
義成は冷静に見つつも、まだ景伊の事を疑っているようではある。
この男なら、真実を見せれば「アレ」の事も信じるだろう。
だが、今それを証明するものを持っていない。

「貴方はどうなのです」
義成が逆に、利秋に問う。
「兄弟の事を聞きましたね」
「…あぁ」
「何か知っているのですか。…弟の事を」

鋭い、と思う。
利秋はどう答えようか悩んだ。
義成はこちらを厳しい目で見ている。あちらは正直に話してくれたのだろう。
こちらもごまかすわけにはいかない。
だがこの勢いでは、今家に景伊が居る事を伝えれば、その場で乗りこまれそうな勢いすら感じる。
…それは避けたい。
きっと冷静な話などできはしまい。
どうしようか、と思ったときだった。

何か屋敷内が騒がしい。
バタバタと廊下を走り、こちらへ近づいてくる足音。
「…利秋さん!」
息を切らしながら、勢いよく縁側を走り抜け、部屋の前で足を止めた若者に、利秋は驚いた。
「定信…お前何しに来た!」
思わず利秋も声を荒げた。何故ここに定信が来るのか。
…嫌な予感しかしないではないか。
「…そちらは?」
義成が突然の事にも冷静に、利秋に問う。
「俺の親戚の上条定信。若いけど医者だ。今うちに住んでるんだが…」
そう言って利秋は定信を見る。挨拶くらいしとけ、と目が言っている。
定信は義成の姿を見て、慌てて深く頭を下げた。
「お話し中申し訳ありません。家の方には、上がる許可を頂いたのですが」
「構いません。急用なのでしょう?」
どうぞ、と逆に促され、定信は焦った。

目の前に座る、自分と同い年くらいの若者。
どこか威圧感があると思った。
(こいつか…)
長棟家の長兄。
景伊と母は違うと聞いたが、兄弟だと言われれば、どことなく面影がある。
(こいつの前で、景伊の名を出していいのか…?)
定信は、利秋と義成の話がどこまで進んでいるのか知らない。
下手に状況を引っかきまわすような事はしたくない。
だが、時間がない。
汗がつ、と顔を伝った。
思わず利秋の顔を見れば、利秋が苦笑いしている。
「報告は、いい事か悪い事か?大体どっちか想像はつくが」
「…悪い事ですよ」
「だよなぁ」
利秋は頭を掻く。困ったときの、彼の癖だった。
利秋は義成に向き直ると、はっきりと告げた。

「あんたんとこの弟。景伊は俺んとこにいるよ」

義成が、驚いたように目を見開いた。
「ちょ…利秋さん!」
まだ言ってなかったのかよ、と定信は内心慌てた。
「もうどうせだろう?こいつに全部伝えちまおう。隠したところで面倒な事になりそうだ」
利秋は面倒臭そうに、定信に告げる。
まどろっこしいのは嫌いなこの男らしいが、定信はもう少し空気を読んでほしいと思う。

「…景伊が、生きている…?」

義成が、信じられない、というような顔をして利秋を見る。
「生きてるよ。あの晩、こいつが血まみれになって倒れてるところを拾って助けた」
そう言って、利秋は後ろにいる定信を親指で指す。
「これは俺が持ってる、確かな事実だ。あとにもいろいろあったが、俺にはいまいち説明ができなくてね。 で、定信。状況はどうなったんだ。景伊はどうした」
ここで俺に振るのかよ、と定信は思いながら、少し冷静になり始めた頭で告げた。

「景伊が連れ去られました。白い髪の若い男です。多分、利秋さんが言っていたものかと。…何なんですか、あれは」

そう告げると、利秋は今度こそ本当に驚いたような顔をして、定信を見た。
白い髪。利秋が声に出して呟く。

「…あいつかよ!何してくれやがんだあの白髪頭!」

怒鳴ると、畳を思い切り殴りつける。
この家の主は、その様子を諌めはしなかった。
ただ、事実を受け入れられない。そんな顔をしていた。