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番外編:伸びている最中です。

番外編(拍手お礼文だったもの) 伸びている最中です。


夏休み明け。
2学期最初の身体測定で、八束が身長を測ってみれば、そのメモリは162センチを差す。
(うお、1センチ伸びた)
八束は心の中で思わず、ガッツポーズをした。
確か、前回測ったときは161センチだった気がする。微妙にだが、着実に伸びている。
機嫌良く友人達にその事を言うと、盛大に喜ばれすぎて逆に腹が立った。
なぜか八束の周りには、背が高い友人達が多い。
170センチ後半から、中学時代既に180ありましたという奴まで。
未だ成長痛さえ経験していない自分は、囲まれるとその中に埋没してしまう。
友人達は皆いいやつなのだが、何となくそこだけ、腹立たしくもあり羨ましくもあった。
どこで自分と友人達は差がついたのか。
田舎なので、小学生の頃から馴染みのある顔もちらほらいるのだが、昔は皆、そんなに背も変わらなかったはずだ。
とは言っても、自分の死んだ父親もそこまで体格のいい方ではなかったし、母は小柄。
祖父の代まで見てみても、そこまで背のある人はいない。
妹の奈々子もクラスでは小さい方のようだし、遺伝なのだろう。
せめて170は欲しいが、どうだろうか──。
たまたま、そんな話を仕事中、長畑にしてみた。

「まだ伸びてるんでしょ? 成長期なんて人それぞれなんだからさ。八束はこれからなんだよ」
僕追いこされたりして、と長畑は笑いながら言うが、それは絶対無理だ、と八束は思う。
現在はバラの夏剪定の真っ最中だ。
八束も教わりながら、剪定ばさみを手にバラの枝を切り落とす。
最初はどこを切っていいのかわからず戸惑ったが、何度かやるうちになんとなくコツがわかってきていた。
「僕の家系はどうだろう……父も母もそんなに、背は高くなかったんだけどなぁ」
長畑が思い出すように言う。そう言えば写真で見た時、どちらもそんなに大柄な人ではなかった気がした。
「隔世遺伝ってやつですか?」
「あー、そうかも。確か母方がでかい人多かった気がする。僕、母親似らしいから」
(だろうなぁ)
長畑の顔は、あまり日本人的要素は感じられない。
母親は東欧出身者だそうだから、多分そちらの血が濃いのだろう。
「でも、背高くてもあまりいい事ないと思うんだけど」
「何でですか?」
迷う事なく剪定ばさみを動かす長畑の手元をすげぇな、と思いながら見て、問う。
「頭ぶつけるし、電車の吊り広告はばんばん顔に当たるし、服が意外とない。サイズに合わすと袖足りなかったりとか」
「あぁ……」
この人手足長いもんなぁ、と八束は思った。
多分この男は、裾上げとか絶対した事がないタイプだ。そう思うと羨ましく思った。
しかし彼には彼なりの苦労もあるらしい。
「小さい子には無駄に怖がられるし、若い子に見下ろしてんじゃねぇって因縁付けられた事もあるよー」
「ええぇ……」
(誰だその命知らず)
八束はくだらなさにため息をつきたくなる。
「こっち来てからですか? どうしたんですそのとき」
「謝ったらいいの? って笑って言ってやったら逃げて行っちゃった。よくわからないよね。多分、僕が言葉がわかるって思ってなかったんだろうと思う」
「……そうですね」
この男は笑って、と言ったが、相手にはそうは見えなかったのだろう。八束はそう思う。
普段穏やかに笑っている印象が強いが、稀に真顔になると非常に怖いのがこの男だった。
笑っていても、怖い事もある。
凄まれた事もないし怒鳴られた事もないし、口が悪いと言われるがそんな事を八束は言われた事もないし、温和な人間には間違いないのだが、八束は絶対にこの男相手に喧嘩なんて売りたくないと思った。
第一、そんな事があの英国人の耳に入れば、本気で山に埋められてしまう。
「逆に、いい事ってないんですか?」
「いい事ねぇ……。高所の仕事がしやすい事かな。剪定とか誘引とかね」
だから別にいいよ、と長畑は言う。
結局最後は仕事基準なのがこの人らしいとは思った。
「八束は背、伸びたいの?」
「伸びたいですよそりゃ」
「別に困ってないならいいじゃない」
「嫌ですよ。ちっさいってからかわれるし、体育の整列のときはずっとに最前列なんですよ」
「……それ、嫌な事なの?」
よくわからない、といった目で長畑が見てくる。
多分、経験してない人間にはわからない苦しみなのだろう。
「結局、長畑さんって今身長どれくらいあるんですか?」
「えー…最後に測ったのいつだろ。学生の頃だから……多分180そこそこ、くらい?」
「多分、それよりありますよ……」
友人に180近いのがいるが、それよりまだでかいんだが……と八束は長畑を見上げた。
「まぁ、男は二十歳過ぎても伸びるって言うしね。だから君も、そんなに焦らなくても大丈夫だと思うよ」
「でもどうせなら、早く伸びたいですよ。伸びないなら伸びないって早めに宣告してほしい」
そう言うと、長畑が苦笑いを浮かべた。
「僕は別に、君はこのままでもいいと思うけど。可愛いし」
「長畑さんそれ、あまり嬉しくない……」
「そう?」
「そう」
欲しいのは可愛いとか、そういう言葉ではないのだ。
昔から小さかったし、童顔なので大人たちからはそう言われがちだったが、そのたびに内心プライドを削られてぎりぎりしていた。
自分も男だ。男として、見た目が可愛い、なんて嬉しくもなんともないし、笑われているようにしか思えない。
「ずっと見上げてばっかりって言うのは、結構悔しいですし。どうせなら、真正面から見たいじゃないですか。長畑さんと話すとき」
「僕がしゃがめばいいじゃない」
「いやまぁ。……そうなんですけどね」
──そういう事を言いたいわけではないのだが。
ぱちん、ぱちんと剪定の音が響く中、難しいなぁ、と八束は思う。
お互いに、好きは好きなのだ。……多分。
でも自分は長畑にとってもう少し頼れる男になりたいと思うし、長畑は多分、八束を可愛がりたい。
そこがずれているので、なかなか噛み合わない部分がある。
「……前から思ってたんだけど」
長畑の言葉に視線を上げれば、目が合った。
「君って意外にロマンチストだよね。最初はもっと現実主義者かと思ってた」
「それは俺も思います……」
悪意は全くない長畑の言葉に、八束は大人しく頷いた。
以前はあんなにバイトバイトでがつがつ生活していたが、今やすっかりここ一か所に落ち着いて、金を稼ぐ事よりもこの人の事を考えるようになってしまった。
あと興奮すると、意外に恥ずかしい事を平気で口走る。
恋をすると人は変わるのだ、という言葉を何かで聞いた事はあるが、どちらかと言えば馬鹿にしていた。
それに自分が該当するとは微塵も思っていなかった。
自分の黒歴史は増えて行く一方だと思う。……後悔はしていないが。
長畑の方こそ最初はロマンチストなのかと思っていたが、実際は超がつく現実主義者だった。
ぼんやりしているように見せかけて、意外に堅実で隙がない。
「でもさ、それ悪い事じゃないと思うんだよね。若いうちから頭かちかちなのって、やっぱりつまらないじゃない?」
「……長畑さんって、どうだったんですか?」
「僕はかちかちだったかもね。その反動が来てるのかなぁ、今」
人づてに聞いただけなので、若い頃の彼の苦労を八束が実際に知っているわけではない。
誰も頼ろうとせず、一人でがむしゃらに生きてきたのだと聞いた。
その頃の事を、長畑は直接語らない。
でも彼が、今多少その頃よりも力を抜いて生活しているのなら。
自分が近くにいてもいい、と思われているのなら。
それでいい、とも思うのだ。

背がもうちょっと伸びれば、何となく対等になれるような気がするだけ。
今ある差が埋まってくれるような気がするだけ。

多分、今この人に言ってもわかってくれないだろうなぁと思いながら、八束は仕事を続けた。

伸びている最中です。/完