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薔薇園を離れて〜大人同士〜

(番外編)薔薇園を離れて〜大人同士〜


「庭に植わっているバラの苗を探してほしい」と霧島家から依頼を受けたのは、気が付けばもう随分前の話になる。
あれから写真を貸してもらったり、家人の話や現物を見たりで品種の特定をすることはできたのだが、「今もあるのかどうか」を探すのに、予想外に時間がかかった。
そのバラは30年近く前に作出されたもので、毎年たくさんの品種が発表され、流行り廃りも激しい業界の中では、いつしか忘れられた存在になっていた。もちろん、販売もしていない。
国内を探してみたが見つからず、海外を当たってみたところ、古い薔薇園に昔試験用として植えられていた樹が残っていた。
園主に事情を説明してみたところ、接ぎ木で苗を作ってくれると言う。
苗が届くのは冬。
まだもう少し、先の話となる。

「ありがとうございました。まさか本当に見つかるとは」
長畑が経緯を説明すると、霧島兄は安堵したような様子で頭を下げた。
少し暖かくなり始めた、春の午後。
長畑は久しぶりに、霧島邸を訪れていた。
広々とした日本庭園が広がる家の裏に、ひっそりバラの鉢がいくつか置かれている。霧島の母親が好きで、育てているものらしい。
「僕も見つかるのか不安だったので、何とかできそうで良かったですよ。できればこの樹が、元気になってくれるなら一番良かったんですけど」
そう言って、長畑は傍の鉢に植わる、一本のバラの老木を見下ろした。
葉も少なく、二股に分かれた樹の片方は枯れこんできていた。生きている片方にだけ、僅かに小さく緑の葉がつき、先端に小さな真紅のつぼみを付けている。バラの花の季節の盛りだと言うのに、つぼみはこれ一つだ。
花を咲かせる事に、樹はエネルギーを使う。延命にかけるというのであれば、花は咲かせずにいた方が良いかもしれない。だがこの家族は、つぼみを取らずに自然に咲かせる事にしたらしい。
霧島兄も、少しさびしそうに元気のない鉢を見つめた。
「僕も、このバラは小さいころからよく見ていました。真っ赤で、絵に描いたようなバラそのものでしたよ。こういうものが世の中から消えていくっていうのは寂しいですけど、海外であっても残っていて、よかったです……そう言えば」
霧島兄は、笑顔でこちらに向き直った。
「長畑さんは、どういったバラが好みなんでしょうか。この間、僕は赤いのを勢いでお渡ししてしまいましたが」
「赤いのも好きですよ。白いのも好きですし、バラなら何でも」
長畑はそう言いながら、隣に立つスーツ姿の若者を見つめた。
この男があれこれと理由をつけて手渡してきたバラは、もう散ってしまった。あのときに慌てて買ったガラスの花瓶だけが残っている。
あれから、この男はこちらに接触を持ってくる事はなかった。
こちらも特別話すことがない。
ただ、八束は同級生である彼の弟と親しくなった関係で、時々会って話しているらしい。この男がまた八束にあれこれくだらない事を言うのであれば、こちらとしても釘を刺すなり、何かを言った方が良いのだろうと思っていたが、以後はそんな事もないようだった。
だがちょっと苦手なのだ、と八束は苦笑いしていたのは覚えている。
長畑も、それは同じ気持ちだった。
人は良いのだろうと思う。
性格に難があるとか、そう言う事でもない。少々押しが強くて対応に困る事はあるが、それはそれで、そこまで苦手だと思う要素にはならない。
(ただ、何を考えているのかよくわからない)
人の良さそうな笑み。
誠実で、丁寧な態度。
議員秘書として模範的な態度を前面に出しつつ、出てきた言葉は「こちらを征服したい」だと言う。
そんなに話をした覚えもないので、何故彼の中でそうなったのか、長畑にはよくわからない。一応警戒はしてみたものの、あれからは何も言われなかった。
個人的な話をすることもなく、久々に連絡を取ったのが、このバラの事だ。
苗が届けばまた連絡をすることもあるだろうが、それまではしばらくこの男と会う事はないだろう。
問題がないなら、それでいい。
別段、それ以外でこの「霧島要」という人間に興味があるわけでもなかった。
「それでは、僕はこれで」
「あ、待ってください長畑さん」
頭を下げて言うと、少し慌てた様子で、霧島兄はこちらを引きとめた。
「あの……今日はこれから、時間ありますか?」
突然の申し出に、長畑は訝しげに相手を見る。
「予定はないですけど……」
「よかった。お会いできたのも久々です。無理言ったお礼もしたい。よろしければ、食事にでも行きませんか。奢らせて下さい」
「いえ、無理言われた覚えはないですし、僕が好きでお手伝いさせて頂いただけなんですから」
長畑が言葉を濁すと、霧島兄は「では」とこちらの真正面に立ち、少しだけ緊張の混じったような目で、こちらを見上げた。
「僕が個人的に、あなたに興味を持って、お話をしたいのだと言っても……駄目でしょうか」
その目は、相手を安心させる「穏やかで知性的なもの」ではなかった。黒く細い瞳の奥に、緊張と同居するぎらついたものが見える。
──興味。
興味があるかないかで言えば、こちらはこの男に興味はない。
ただ、また八束の周辺をうろつかれて、余計な事を言ってもらっても困る。
「……議員秘書って、お忙しいのでは?」
「個人的な休みと言うのは、あまりないですね。今日は調整させてもらいましたけど」
という事は、はなからこちらを誘う気だったらしい。
霧島兄からは、「今日は意地でもこちらと飲んでもらう」というオーラが感じられる。
長畑は、少し考えた。
この目の前の男が、自分に対してどういった感情を持っているのかは知らない。
こちらを征服したい? 屈服させたい?
そう言いはするが、何もしてこないではないか、と思っていた。
その手の感情を向けられたのは初めてではないが、口にするだけなら誰でもできる。
とうに終わった話なのかと思っていたが、この男の中ではまだ続いていた話、らしい。
(──こちらはどうするべきか)
断っても良かった。
こちらはあなたに興味がない。そう言ってしまえば終わるのだろうが、それは随分大人げない態度のような気がした。性癖は別として悪い男ではないのだし、わからないと思う事も、多少は話せば理解できるのかもしれない。
「……わかりました。ただこの恰好なんで、一度着替えに戻ってもいいですか?」
作業着を指差しながら言えば、「それは勿論」と霧島兄は笑顔で頷いた。


着替えに戻って再び出てきた後、連れてこられたのは繁華街にある居酒屋の個室だった。
雑居ビルに入った、若い学生たちも出入りするようなにぎやかなところ、というのが少々この男のイメージと合わない。
「普段、こういうところで飲まれてるんですか?」
向かいに座る霧島兄に向けて問えば、彼は「いいえ」と苦笑しながら、おてふきで手を拭いた。
「普段は父親に引っ付いて飲んでるものですから、もうちょっと違うところで飲んでます。何なら、綺麗なお姉さんがいるところの方が良かったです?」
「いえ……そういうところ行っても、僕あまり話せないので」
飲んでるだけになってしまいます、と言うと、「あなたと話せないと意味がないですからね」と霧島兄はにっこりと笑う。
「一応八束君にはリサーチ済です。でもあまり、貴方の好みがよくわからなかったので、無難に居酒屋で」
それもそうだろう、と長畑も苦笑いを浮かべた。
彼は未成年だ。一緒に酒を飲む機会などない。
「でも長畑さんは何が好きなのかって、八束君にお聞きしたんですけど、納豆ばっかり食べてるイメージだって言ってました。そうなんですか?」
「……手軽じゃないですか?」
そうは言ってみたが、グラスを握りながら、「そんなに自分は納豆ばかり食べていると思われているのか」と少々悩んだ。
確かに、考えてみればよく買っている気がするが。
「お酒も焼酎水割りとか飲まれてますし、意外と言っては何なんですが、長畑さん結構和風な方ですよね」
「心は日本男児のつもりなんですけどね。なかなか、そうは見てもらえなくて」
「長畑さんはハーフ……になるんですよね」
「そうです。父親は日本人。母親は……今のロシアとかウクライナとか、あの辺りの人間です。わかります?」
「なんとなく。行った事はないのですが、寒いところですよね?」
「恐らく。僕も、行った事はありませんから」
「じゃあずっと日本に?」
「いえ、イギリスにいた時期もあるので。向こうとこちら、ちょうど半々くらいで過ごしてました」
「随分国際的な生き方してたんですね」
すごいな、と霧島兄は感心したような声で言った。
「すごくはないですよ。説明するとき、ややこしくて大変ですし」
長畑も笑いながら、そう言った。
──確かに、慣れるまではややこしかった。
日本の国籍に日本名。なのに、見た目はそうは見えない。
イギリスにいたと言えば、「イギリスとのハーフ?」と言われる。そうでもないのだ、と説明するのもまた面倒だった。
今でも、近所の人々には「外国人のお兄ちゃん」扱いをよくされている。最近はすっかり図太くなったのか、特に何も思わないしそれでいいと思っているが、十代の頃など、若い時はそれが本当に嫌だった。
己がどこに属しているのか、よくわからなかったのだ。
(……君の言った事は、間違っちゃいなかったさ)
グラスを握りながら、長畑は数年前の、グラハムとのやり取りを思い出した。

数年前、長畑がグラハムに日本へ戻る、と告げたときの事だ。
確かに相談しなかった自分も悪かったのだと、今では思う。
もう行先も決めて、住んでいた場所も引き払う話はついていた。下調べもしていたし、時間をかけてそう決めたつもりだった。
だがいつも陽気なあの男が、いつもは何を言っても笑いながら「やってみれば?」としか言わないあの男が、あのときばかりはこちらを怒鳴り散らした。

──そんな甘い考えでやっていけると思っているのか。
──戻るなんて言ったって、子供の時に住んでただけじゃないか。何もかも様変わりしているに決まっている。
──何故そんな大事な事を、相談もなしに勝手に決めるのか。

何故そこまで頭ごなしに叱られなければならないのか、まったくわからなかった。
「自分の人生なのだから自分で決める」と長畑も反論した。
だが向こうは、全く聞く耳を持ってくれなかった。
話し合いにすらならず、互いにイライラし始めていたときだった。
グラハムは、長畑に向けて言った。

──君は、自分があの国で馴染めると思ってるの?

グラハムも日本にいた事はある。
だから実感としてわかる、という部分もあったのだろう。
そして、そう思っていたところで、そんな事をわざわざ口に出して言うべきではない、というのも彼はわかっていた。実際、そう吐き捨てた瞬間、彼は「しまった」という顔をした。
今考えれば、そこまで怒る事ではなかったなと思える。
だがそのときは、目の前の男から、己の全てを否定されたような気分になった。
誰よりも己を理解してくれているのは、この男だと勝手に思っていたぶん、反動も大きかったのだろう。
次の瞬間、長畑はグラハムの顔を殴り飛ばしていた。
あの男の口から、己が気にしている事をさも当たり前のように言われたことが、どうしても許せなかった。
殴った後、こちらも「しまった」と思ったが、グラハムの顔を見る事ができないまま、荷物をまとめ逃げるようにイギリスを離れた。
住所もしばらく教えなかった。
あの男の事だから、必死になってこちらを探したのだろう。だが何かを言われることが怖かった。
住所を教えたのは、それから約1年経過してからの事だ。
普段は書かない手紙を書いた。
しかし速攻で返ってきた手紙は、一応の謝罪はあったものの、内容はこちらを叱り飛ばすもので、それにまた腹が立った。互いに歩み寄る事など到底できなかった。

数年たってなんとなく和解した後、気まずさは消えつつあるが、あの男の言葉は確かに間違ってはいなかったのだと、今は思う。
確かに図太くなって、どうでも良い事にはなりつつある。
だが馴染めているのか、というのは、未だによくわからない。

「……長畑さん?」

霧島兄の声に、長畑ははっとした。
目の前の男は、少し心配そうな顔をしてこちらを見ている。
「大丈夫ですか? 僕、何か失礼な事を言いましたか?」
「え……いや」
「最近、弟に良く言われるんです。兄貴は余計な事を言い過ぎるから、気を付けろと。気に障ったなら、ごめんなさい。貴方を前にして、少し舞い上がっているんだと思います」
「……舞い上がっていますか?」
「えぇ。とても」
にっこり、霧島兄は笑う。
「あぁ、ちなみに、今日の飲み会は八束君にもご了承頂いているので、言ってもらっても大丈夫ですから」
それは意外だ、と長畑は目を丸くした。
「……彼は何か言ってましたか?」
「特には。『仲良くなりたいので誘ってもいいですか』って一応聞いたんですけど、すごい渋い顔して『長畑さんがOKするなら』って言われました。信頼されてますね」
八束の「渋い顔」が簡単に想像できたので、長畑は少し笑った。信頼というか、八束はこちらに随分と遠慮をしていて、迷惑をかけたくないのだ、という意識が非常に強い。
だから、本心ではこの男と自分が二人で飲むというのは嫌なのだろうが、きっと「嫉妬ばかりでは迷惑に……!」とか考えて、了承したのだろう。
八束の考えている事は、すぐにわかる。
安易と言うか、馬鹿正直なのだ。
「良い子ですよね、彼」
「えぇ」
「もし、彼を貴方から奪おうとする人間が現れたら、どうしますか?」
霧島兄の質問に、長畑は少し、首を傾げる。
「……奪うって言うのがよくわからないですけど、あの子が嫌がってる状態で何か危害加えようって言うなら、そいつどうにかしに行きますよ」
そう言うと、霧島兄は箸を止めてこちらを見た。
「……長畑さん、意外に熱いんですね」
「熱いのかな。ねちねちしているとはよく言われますが」
陰湿なんですよ、というと霧島兄が笑った。
「でも、お話聞いてると八束君と長畑さん、全く共通点が見当たらないですね。お互い、どこが良かったんでしょう?」
穏やかに、ほじくるような事を問われる。
この男は、自分たちの事を知っているのだな、と長畑は改めて思った。
こちらが少し警戒の目で見たからだろうか。
霧島兄は静かに「嫌なら聞きませんけど」と前置きをする。
「あなたが自分から好意を持つって言うことが、とてつもなく特別に感じられるんです。それが僕には、とても果てしなく見えるから、知りたかったんです」
「そんな高尚なものじゃないですよ」
長畑は苦笑いしながらそう言ったが、霧島兄もこちらを見ながら、穏やかに笑っていた。
こちらの感情を引き出そうとしているのがわかる。穏やかに、だが遠慮なく踏み込んでくる感覚だ。
きっと、今日は様々な事を突っ込んで聞かれるのだろう。
このまま、この男の術中にはまるのも気に入らないと思った。
あれこれ好きに聞かれるくらいなら、自分から計算して話した方がいい。
「……八束が、僕の何を気に入ったのかは未だによくわかりません。最初好きだって言われたときは、若いし非日常の恋愛にはまっただけなんだと思って、様子を見ていました。気の迷いなら、すぐ飽きるだろうと思っていましたし」
長畑が自ら口を開いたからだろうか。
意外そうに、霧島兄はこちらを見た。
「でも最初から……嫌ではなかった?」
「あの子は僕に異常に懐いてくれまして。こんな人間なので、年下にそんなに懐かれる事がなかったので、可愛がってはいたんです。断って、僕のもとを去ってしまうのは嫌だったから」

今思えば、彼は最初から本気だったのに、自分はずいぶんとひどい扱いをしていたのだなと思う。
彼の気持ちを、疑って放置していた。
好きだと言われても、信じる事ができなかった。
八束は本当に、自分のように気持ちを誤魔化すわけでもなく、まっすぐに感情をぶつけてくる。
駆け引きもいらない、純粋な好意に応えたいというのは当然ではないのか。
喜ぶ顔が見たいし、彼の為ならなんだってしてやりたいと思う。

「今離れられなくなっているのは、あの子じゃなくて、僕の方でしょうね」
それを考えると、どうしようもないどす黒い感情が湧き出る。
八束が自分に向ける様な好意を他人に向けるなど、そんな光景は耐えられないし、許せない。
絶対に。
そう呟くと、何故か霧島兄も、こちらを見て笑った。
「……長畑さん。顔笑ってますよ」
「そうですか?」
「えぇ。すごく良い顔で。僕は、あなたのそういう顔が好きですね。ぞくぞくする」
霧島兄はどこか満足したような表情で微笑んだ。 なんだか知らないが、彼は喜んでいるらしい。相変わらずよくわからない人だ、と長畑は思った。
「……そう言えば。霧島さん、僕を征服したいって言ってたって、八束から聞いたんですけど。結局どうしたいんです?」
そう長畑が聞くと、霧島兄はぶほっと飲みかけの酒を噴出した。
「……今言うんですかそれ」
「ずっと気にはなっていたので。聞いておかないとすっきりしないじゃないですか。大体想像つきますけど」
長畑はテーブルにこぼれた酒をお手拭で拭く。
霧島兄がこうしてうろたえる、というのは珍しい光景だったので、少々いじめたくなってきた。
──己の性格が悪い、という事は自覚している。

「それは、僕を抱きたいって事ですか?」

にっこり笑顔を浮かべて問えば、霧島兄の顔色がわずかに紅潮したのがわかった。
穏やかで知的な余裕のある男を演じているが、素直な一面もあるのだなと思う。
霧島兄は、照れつつも少し困った表情を浮かべた。
「長畑さん。……そんな調子で攻めてたら、八束君泣きません?」
「彼の時はもうちょっと大人しくしています」
「差別良くないです。それに僕が、素直に『はいそうです』って言ってたらどうするんですか……」
「そのときはそのときで。良く知らない人とは寝ない主義ですし、あなたとそういう関係になる気もないですから」
そう言うと、霧島兄はため息をついた。
「……奔放な人ですねぇ」
「嫌になりました?」
「いえ。あなたのそう言う高飛車なところが好きな自分が変態過ぎて、自己嫌悪しているところです」
霧島兄はもう一度ため息をついて、頭を軽く振った。
高飛車なつもりはないのだが、彼にはそう映るようだった。
なんだか本気で落ち込んでいるようだったので、気遣おうと思って「大変ですね」と声をかけたのだが、逆に「誰のせいですか」と怒られた。
(……この人は僕にどうしろって言うんだ)
話してみても、やっぱりよくわからない。
やはり己は鈍いのだろうか、と薄らぼんやりと考えた。
(こういうのは八束の方が聡いんだよなぁ)
八束は確かに馬鹿正直で、非常にわかりやすい人間なのだが、彼の周囲を見る力というのはある意味すごいと、長畑は思っている。基本自分の事しか考えていない己より、よっぽど周囲の感情にまで気を配って生きていると、感心するほどに。

「……長畑さん」

そんな事を考えていると、グラスを握ったまま、霧島兄が神妙に呟いた。
「定例飲み会しませんか。……僕はあなたの「良く知らない人」から、せめて卒業したいです」
その声は切実なものだった。
飲めないわけではないので、それくらいはかまわないかもしれないが、それを知った八束はどういう顔をするだろう? と考えた。
彼はきっとまた、渋い顔をして悩むのだ。
「八束に聞いてみて、良いって言うなら良いですよ。それか、あの子も一緒で良いなら」
「……それは構わないですけど。八束君来るなら、弟連れて来ましょうかね……」
多分喜んで来ますから、と霧島兄は苦笑いを浮かべた。

彼らとの付き合いは、しばらく続きそうだと思った。
(終)