HOMEHOME CLAPCLAP

バラ園と新たなる季節

04 恋愛事情と探し物


「なんか、あいつだいぶ変わったなぁ」というのは、佐々木の霧島に対する感想だった。
授業が終わり、帰ろうとしていた霧島を佐々木は捕まえて、久しぶりだとかなんだとか、そんな会話をふっかけていた。
霧島も佐々木の事はなんとなく覚えていたようで、名乗って「小学生のときに遊んでた」と言えば、「あぁ」というような反応が返ってくる。
元同級生とは言っても、年月が経っている。まともに話したのは小学生以来のようだし、さすがに顔も雰囲気も互いに変わっているのだろう。同じ学校に通っていたとしても、向かい合って名乗らなければわからないようなものなんだな、と八束は思った。
佐々木は昔の話だとか最近の事を話題に話しかけていたが、しばらくすると霧島はやんわりと「ごめん、迎えが来てるから」と言って、先に教室を出て行ってしまった。

「……やっぱ変わったなぁ」
「そうなの? でも会ったのすごい久々なんだろ?」
小4以来と言うなら、7、8年ぶりの再会という事になる。だが「久しぶりの再会」をあまり盛り上がらずさらりと流された事に、佐々木は少なからずショックを受けているようだった。
彼の中では、もうちょっと好意的な反応を期待していたらしい。
「すっかり大人しくなっちまってるなーあいつ。俺なんか嫌われるような事してたんだろうか……」
「人見知りしてるんじゃないの?」
八束は、当初彼が目も合わせてくれなかったのを思い出す。
「俺に人見知りされてもねぇ……あいつとはよく遊んでたんだよ。釣り行ったり、虫取ったり」
「へぇ。健全な遊び」
今の佐々木からは想像もできない。八束がそう言うと、佐々木は「俺だってそういう純真な子供時代がありました」と苦笑いを浮かべた。
「あいつんち、ゲームとかは買ってもらってたみたいなんだけど、逆にそういう遊びさせてもらえなかったみたいでさ。でもあいつはそういうのやりたがってて、俺らにくっ付いて遊んで……結果、熱出して何日も休んだりしてた」
「……それは親も心配するよなぁ」
八束自身は周囲も含めてやたらと丈夫に育ってしまっているので、あまりそういった状況と言うのは実感がわかない。
だがそこまで体が弱かったのなら、家族が過度に心配しても仕方がないのではないのだろうか。
彼は重荷に感じているようだが。
佐々木はため息をついた。
「……田舎暮らしってのがそんなにこたえたのかな、あいつ」
「さぁ。でも俺もちょっと話してみたけど、そんなに悪い奴じゃないと思うんだよね」
八束は、昼休みに彼と話した事を思い出す。
確かに人見知りは激しいようだし、あまり積極的にクラスメイトと話そう、という様子は感じられない。
しかし話しかければきちんと答えるし、邪険にされているという感じもない。礼も言うし、謝りもする。
一人を愛す一匹オオカミタイプのようでもない。
よくわからん、というのが今のところの八束の感想ではある。
今までの人生で、初めて接するタイプだ。
佐々木も、昔の友人の変わり様が少し気になっているらしい。「そう、悪い奴じゃないから余計にね」と言うと、軽く伸びをする。
「ま、明日もちょっと話してみようかな。俺らも帰ろうや。今日、ちゃんと付き合ってくれるんだろ?」
佐々木がこちらをにやにやと見ながら言う。
「……付き合いますよ。ちゃんと今日は休みだし。ほかに予定は入れてません」
「よしよし。お前はさー、友情より恋愛取るタイプっぽいからさぁ」
「そういうつもりはなかったんだけど……」
八束はため息をつきながら、教室を出る。
佐々木はそう言うが、八束としては別に恋愛優先だったとか、そんな感覚はなかった。
バイトバイトでがつがつ働いているのは今に始まった事でもないし、放課後も土日もあまり遊べなかったのはどこのバイト先でも同じだった。
(……でも確かに俺、付き合いは悪かったよなぁ)
そんな自分とも、彼は変わりなく付き合ってくれている。
八束の恋愛事情を知る男は周囲の人間では彼だけだが、佐々木はそれを知ってもからかわなかったし、誰かに言いふらしたりもしない。時折心配するような事も言ってくれる。
──良い友人なのだ。
彼が珍しく失恋などして凹んでいる以上、今度はこちらが力になってやらねば。
「で、どこ行きたいの?」
八束が問うと、佐々木はうーん、と少し考えた。
「ひとまず何か食いに行こうや。俺もう腹減ってきたし」
「今日くらいは何か奢るよ」
「……え、まじで? でもお前いいの?」
「別に、それくらいの金はあるよ俺も。それなりに貯めてるし」
「へぇ。お前、地味に堅実だもんなー」
貯金とかまじで感心するわー、と佐々木は笑った。
地味、は少々余計だと思った。


駅近くのにぎやかな商店街を、八束は佐々木と歩く。
「お前におごってもらうってなったらなー、あまり高いのは悪い気がするしなー」
何食おうかなぁ、と佐々木は周囲を見ながら歩く。
「別に遠慮しなくてもいいけど」
「いや、遠慮するだろ普通。お前ずっと頑張って働いてるし」
佐々木の妙な義理堅さに、八束は少し笑ってしまう。調子の良い男だが、こういうところはやけに真面目だったりする。
別にいいのになぁ、と八束が苦笑していると、佐々木のカバンから携帯のバイブ音がしているのに気が付いた。
長さ的に、メールではなく着信のようだ。
「携帯鳴ってるよ」
「あ、やべカバンに入れっぱなしにしてた」
慌ててカバンから携帯を取り出した佐々木は、液晶を見た瞬間目に見えて固まった。
「……あいつだ」
あいつ? と少し首を傾げた八束は、佐々木の反応にぴんときた。
「あ、もしかして例の彼女?」
──受験の邪魔、と佐々木を振った、例の。
佐々木が無言で、こくこくと頭を振る。
「ちょ、ちょっと電話出てきていい?」
「いいよ」
「悪い!」
そう言うと、佐々木は少し走って何故か数メートル先の店舗の壁の前で電話を取り、話し始めた。
彼にしては珍しく動揺しているようである。
必死で何か話している友人の様子がおかしくもあり、少し事態が良い方向に向かいそうな会話の雰囲気に、嬉しくもあった。
(人の事だったら、俺も冷静に見れるんだけどなぁ)
自分よりも「そういう事」に慣れていそうな佐々木でさえ、好きな女の子の前ではあんなに動揺したり、パニくったりするのだ、というのが意外だった。
自分もいつも慌ててばかりだ。それは自分の経験値が足りないせいだとかヘタレなせいだとか思っていたが、もしかしたら皆同じなのかもしれない。
皆あわあわしながら、毎日好きな人と過ごすために必死なのかもしれない。
(でも長畑さんは全然そんな感じないけどな……)
一緒にいても、慌てているのは自分一人だ。あの人はそれを、静かに笑って見ている。
そんな感じがする。
あの歳くらいになればそうなれるのか、それは彼独特の落ち着きのある性格からなのか、八束にはよくわからない。
あの男は自分とは比べ物にならないくらい苦労をしているだろうし、頭も良い。
経験の数というのは、比べ物にならない。
以前恋愛経験について聞いたとき「長続きしない」とは言っていたが、さすがに「今まで何人と付き合った?」とまでは聞けるわけがないし、彼も話さないだろう。
彼が恋愛上手だとは決して思わないが、自分に言うように「好きだ」と囁く相手くらいは、今迄にもいたに違いない。
自分には何もかもが初めてだが、彼にとっては初めてではないわけだ。
(あ、ちょっとなんか苛々してきた……)
いかんいかん、と八束は頭を振る。 妄想で嫉妬してどうする、と思う。
そんなの当たり前なのだから、見えない相手に嫉妬したところで何も始まらない。
それよりも今、「好きでいてもらえている」というのは奇跡に近いのだから、それを大事にしないと。
自分、ちっせぇなぁ──と一人ため息をついていると、ふと背後で聞き覚えのあるような声を聞いた。

「……えぇ、赤い色中心で」

その声に、八束は振り返る。
八束の立つ後ろには、小さな花屋がある。色とりどりの切り花や観葉植物の中に、紺のスーツを着た若い男がいた。
店員と何か話している。
少々お待ちくださいね、と花屋の店員は笑顔でその男に向けて言うと、いくつかの花を選びはじめた。
花束を作るらしい。
少し手持ち無沙汰になった男は、店先まで歩いて出てくる。ちょうど店の前にいた八束と、目が合った。
薄いメガネのレンズの奥にある、細い目に見覚えがある。
霧島の兄だった。
「──あぁ、昨日の」
八束の姿を見ると、霧島兄は穏やかに笑みを浮かべた。
「もう学校、終わりなんですね」
「あ、はい」
八束は少し緊張した。昨日の押しが強いイメージがまだ残っていたせいでもある。
「あの、昨日はお菓子ありがとうございました。おいしかったです」
「お礼を言うのはこっちですよ。あいつにきちんと友達がいたというのが、こちらも嬉しかったので」
「……え?」
八束が疑問を浮かべて問うと、霧島兄は苦笑いを浮かべた。
「最近は、あまり家に友達を連れて来たりしないので、家族で心配していたんです。きちんと学校に馴染めているのか、とかね。でも君のようなお友達がいるとわかって、家族で少し安心していたところです」
柔らかい笑い方だった。
弟思いなんだな、と八束は少し感心していると、花束が出来上がったのか、店員がそばまでやってきた。
びっくりするほど立派な、バラの花を中心にデザインされた花束だった。
「……すごい豪華ですね」
「仕事での贈り物ですよ」
「秘書の?」
八束の問いに、霧島兄は笑う。
「そうです。──秘書なんて、結構雑用が多いんですよ。まぁ僕の家だけかもしれませんけど」
店員へ「じゃあそれでお願いします」と伝え、霧島兄は領収書を受け取る。花束は直接花屋より発送してもらうらしい。
「そう言えば──昨日一緒にいた方、君のご兄弟か何かですか?」
突然の台詞に、八束は面食らった。
「……いいえ?」
そんな事を言われたのは初めてだ。そもそも全く似ていないし、そうと思える要素が何一つないぞ、と思った。
「俺はあの人のところでアルバイトさせてもらってます。あの人は経営者で、雇い主です」
「ああ、それで。仲が良さそうだからそうなのかなと思っただけです、ごめんなさい。──そうだ。君もお花がらみの仕事手伝ってるなら、バラの事とか詳しかったりします?」
「バラ、ですか?」
八束は霧島兄の突然の質問に、言葉に詰まってしまう。
「俺は……素人ですよ。バラなら、長畑さんの分野だと思うんですが……」
「そうですか。やはり、あの人に聞いてみるのが一番いいかなぁ。実は、探しているバラがありまして。今の花屋さんにも聞いてみたんですけど、品種名がわからないと探しようがないと言われてしまって。家にある花なのですが昔からあるものなので、名前はわからないんですよ。こういうものを探していただくっていうのは、可能でしょうか?」
「うーん……聞いてみないと、それは……」
──自分では判断できかねる。
唸っていると、佐々木が小走りに走ってきた。電話が終わったらしい。
「八束ごめん、長電話になって……誰?」
「あー……こちら霧島のお兄さん」
「あ、まじですか。はじめまして」
佐々木がぺこりと頭を下げる。霧島兄も会釈をした。
「それよりすまん! 俺から付き合えって言ったのに悪いんだけど……」
佐々木が顔の前で両手を合わせる。
「その……今からあいつ、会ってくれる事になって……悪かったって……」
受験の邪魔、なんて言った彼女も、どうやら言い過ぎたと気にしていたらしい。
気になって電話してきた、というところか。
「いいよ、良かったじゃん。会って来れば?」
「ごめん!ありがとう! 次俺が絶対おごるから!」
そう言うと、佐々木は商店街を走り去っていった。
慌ただしいが、よかったなぁと思う。これからどうなるかは、佐々木とその彼女次第だろうが。
佐々木はまだ未練があるようだったから、うまくいけばいいと思う。
(……で、これから俺はどうすればいいんだ)
八束は、背後に立つ男の存在に、悩む。
(長畑さん多分こういう仕事好きだろうけど、昨日の今日だしなぁ……でも仕事だったら別って言うかなぁ……)
そもそも俺が勝手に決めていい事じゃないし、と思う。
というか名刺交換しているのだから、普通にこの人から連絡取ればいいじゃないか、とも思ったりするのだが。
振り返ると、八束より背の高いその議員秘書はにっこりと笑う。
「彼、今日はご都合どうでしょう?」
「……きょ、今日は多分……」
──普通に、いる。
(これ、やっぱ俺から長畑さんに一言言うべきか……?)
八束は少し困って、商店街の空を見上げた。
なんだか昨日から、この兄弟がらみの事ばかりだ。