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薔薇色の道

02 呪いのアイテムゲット


八束は飛行機に乗った事がなかった。 家族でそんな遠出の旅行をする事も今までなかったし、修学旅行は国内で、新幹線やバスしか使った事がない。
旅行当日はまだ外が暗いうちから家を出て、長畑に車で空港まで連れて来てもらった。
まだ朝早い時間だと言うのに、夏休み中という事もあってか、空港内はそれなりに混雑している。
だだっ広い空間に、慌ただしく行き来する人々。
八束は口を開けたまま、それを眺めている己に気付く。
(……なんか田舎者丸出しって感じだなぁ、俺……)
そんな自分に少しがっかりしつつ、壁際に座り込む。
フライト時間は12時間程度らしい。
初めての海外というのは楽しみだったが、よくわからない怖さというのもある。不安と楽しみとの割合は、不安の方が正直大きい。
今回の「里帰り」について行くにあたって、八束の一番のネックは費用面だった。
長畑も「出すよ」と言ってくれていたが、結局八束の旅行費はグラハムが出してくれる事になった。恩を作ってしまったので、これでますます頭が上がらないと思う。

「夏に二人で行くから」と長畑がグラハムに連絡した際、彼の喜びようは半端ではなかったらしく、途中でうんざりした表情の長畑から「……うるさいから変わって」と八束は受話器を押し付けられた。
八束はグラハムから「帰るように言ってよ」と頼まれていた。
だが今回は長畑が自分から「帰る」と言い出したのであって、八束の功績ではない。だがグラハムはこちらの話など聞いておらず、口をはさむ余裕もなく、一方的に感謝を受けた。
恐らく向こうもテンションが上がっていたのだろうが、途中から英語と日本語が混じり合いわけがわからなくなっていたので、八束は彼の言っている事が半分くらいしか理解できなかった。

そんな事はあったが、向こうであの男がどんな暮らしをしているのか、という事も気になる。
(俺もしっかり予習しといた方がいいよなぁ)
八束は手持ちの鞄から、一冊の本を取り出す。
さすがにおんぶに抱っこ過ぎる旅行もまずいと思い、自分でも下調べをしようとガイドブックを買ってみたのだ。
ぱらぱらとガイドブックをめくる。
たまたま開いたページには、大英博物館の展示品であるミイラがでかでかと載っていた。

「ミイラが見たいの?」
そのとき、場を離れていた旅の「相方」である男が帰ってきた。八束の見ていたページを見るなり、彼は少々渋い顔をする。
「僕、そういうのあんまり好きくないんだよね……」
長畑にしては珍しい発言だと思って、八束は顔を上げた。
この男がそんなものを怖がるタマだとは思えなかったからだ。
「え、でも貴重な物なんでしょう? あんまり見る機会ないし……」
「いくら貴重な物でも死体だし。乾いてるだけで」
「それを言うと、元も子もないですけど……」
八束は苦笑いしながら、ガイドブックを閉じた。
「でも、君が見たいなら行こうか?」
「いや時間があれば、でいいですよ。別にミイラが好きなわけじゃないんで」
「でもほかに見たいものとか、ないんでしょう?」
「うーん……」
八束は情けなく、正直に首を捻る。
決して行きたくないわけではないのだが、周囲の家族連れのキラキラしたテンションとは少々気持ちが異なる気がした。
母親が八束を「堅実すぎてつまらないところがある」と言ったのは、なんとなくわかる。
ある程度シミュレーションできるものでなければ、手を出さないところがあるからだ。
あまり冒険できるタイプではない事くらい、自分でもわかっている。
ただ目の前のこの男が、八束に対して「いろいろ見せたいのだ」と誘ってくれたことは、とても嬉しかった。少々悩んだが、この男の過去や懐に触れていいと言うなら、英語ができないとか海外怖いとか、そういった不安を押さえつけてでもついて行きたい。
「長畑さんがどういうところで生活してたのとか、それは見てみたいですよ」
「そこは見ても何も面白くないところだと思う」
「……」
頑張ってそんな事を言ってみたのに、長畑はさらりとそんな事を言いながら、腕時計とチケットを交互に確認している。
この旅行、自分たちの間にはかなりの温度差があるらしい。
「長畑さんは全然、緊張とかしてないんでしょうけど。元々住んでたところだし……」
「してるよ。緊張」
少々遠慮気味に言うと、長畑はあっさりと答え、八束を見た。
「正直、向こうでグラハムとかに会った時、どんな顔してたらいいのかわからない。今考えてるところ」
「……普通にしてたらいいんじゃないですかね?」
全く緊張しているようには見えないが、この男もそれなりに考えているらしい。
家出に近い事をして出てきたと言っていた。彼も気まずさというのは持っているのだろう。
「あ。そう言えば、飛行機に乗る前にこれ、渡しておくね」
長畑は急に思い出したように言うと、カバンの中を探った。
そして、八束の目の前に布製の何かを差し出す。
光沢のある布地。中心には「交通安全」と書かれた──。
「お守りですか?」
八束は少々、怪訝な顔で長畑の顔を見た。超現実主事者のこの男が、そんなものに頼るとは思えなかったからだ。
「いや、僕が買ったんじゃないよ。霧島さんから頂きました」
「……そこ?」
八束があからさまに嫌な顔をしたからだろう。長畑も苦笑を浮かべる。
「そう嫌な顔しないでよ。里帰りするって言ったら、わざわざ旅の安全祈願してくれたって言うんだから。二つくれたよ。君の分も」
「ありがたいんですけが、なんか、重いんですけど……」
「……いろんなモノがこもってそうで」とは言えなかった。
手のひらに置かれたお守りが、ずっしりと重い気がする。
「でもあの人、ほんとこういうところ細かいよね。秘書向きなんだなーと思うよ」
長畑は素直に感心しているが、八束には、旅の始まりのテンションを下げるには十分なものだった。
(これ、いらねぇ……)
──これと一緒の旅は、正直ご遠慮願いたい。
だが、仮にも由緒ある神社で買ったらしきお守りだ。ばちが当たりそうで、下手に捨てるわけにもいかない。
「長畑さん」
「うん?」
「あの人のこれは、善意オンリーなんでしょうか……」
「善意なんじゃない? 少々変わった人ではあるけどね。慣れると楽しい人だよ」
そう言って、長畑は笑った。
しかしその少々変わった人と普通に付き合えてしまうこの男も、やはり「少々変わった人」の部類なのだろう。
八束はそう確信した。