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薔薇色の道

05 周りがドS


豪快に扉を開けて室内に入ってきたグラハムは、にこにこと機嫌の良い表情を浮かべていた。
会うのは数か月ぶりだったが元気そうで、「クリスマス前の子供のようだった」との言葉通り、この日を楽しみにしていたのだ、という事は一目でわかった。
服装は普段も着ているようなスーツ姿だったが、小脇に工事用らしきヘルメットを抱えている。現場から急ぎ、こちらに戻ったのかもしれない。
「久しぶりー。君ら元気? 待った?」
グラハムはへらり、と笑顔を浮かべると、長畑の隣まで速足でやって来て、すとんとソファに腰を下ろす。
「そんなに待ってないよ。仕事してたんでしょ?って言うか、メットくらい置きなよ……」
「いやだって、すぐに会いたかったからー」
長畑の呆れた視線を笑って受け止めると、グラハムはヘルメットをテーブルの上に転がした。そしてそのまま手を伸ばし、長畑の体を抱きしめる。
「……ちょっと」
「おかえり。よく帰ったね」
「……」
グラハムは心底嬉しそうで、ぎゅうぎゅうと長畑の体にしがみついている。
長畑は一瞬困惑したような表情を浮かべた後、少し情けない苦笑いをしながら八束を見たので、八束も思わず苦笑いしてしまった。
「向こうで会った時、どんな顔をしたらいいのか今から考えている」と、長畑は珍しくそんな事を言っていた。
もう和解してから随分経つが、グラハムに比べると長畑の方が、その問題を引きずっていたような気がする。
何でもないような顔をしているが、すぐに割り切れるほど、この男はシンプルにはできていない。
そんな事を考えながら目の前の長身二人を眺めていると、グラハムが横目で、少々意地悪そうな顔をしながら八束を見た。
「……八束君、ちょーっと借りてるよ。再会噛みしめ中だから。別に他意はないから」
「別に、あなたならいいですよ。存分に噛みしめてください」
「ふむ。さすが私が見込んだ男。心はおっきいね、心は」
「『は』っていうのが余計なんですよねぇ……」
もう慣れっこにはなっているが、グラハムの言葉に八束はため息をついて、声のトーンを落としたときだ。
サーシャも遅れて、部屋の中に入ってきた。
こちらの様子を一瞥するなり、彼は神経質そうな顔の眉間に皺を寄せる。
「相変わらず、暑苦しい事やってますね。八束君ドン引きじゃないですか」
「いや、別に引いてはないんですけど」
「この子これくらいじゃ引かないよー。そんなヤワなお付き合いはしてない」
八束の否定と同時に、グラハムはサーシャの笑いながら言葉を否定すると、長畑から身を放した。
「ところでさー八束君、サーシャにいじめられたりしなかった? この男、とんでもないサディストだから。私なんかいつもいじめられてんのー」
「誰がサディストですって?」
サーシャはひくりと片眉を吊り上げ、グラハムを見る。
「社の代表なんだから、せめてそれっぽく振る舞えって言ってるだけですが? あそこの会社、社長が残念とか言われたくないでしょう」
「えー」
(あ、この人やっぱり普段からこんな感じなんだ……)
そう思いながら、八束はグラハムを見た。
随分大きな仕事をしていると、ここに来て知った。 長畑に会いに来ているときは休暇中らしいし、多少の羽目を外しているのもあるのかもしれない。
国では、真面目に社長業をこなしているんだ──なんて内心見直していたのだが、こちらでもやっている事は大して変わらなかったらしい。
長畑も隣で、呆れた様な顔をしつつグラハムを見ている。
「良くしてくれてるんだから、そんな事言わないの。サーシャは当たり前の事言ってくれてるだけでしょう? 僕だって普段、結構いろいろきつい事言ってるけど」
「永智のは尖った愛だと思ってるから、気にしない事にしている」
「まぁ別に、サドでもマゾでもいいんですけどねぇ」
サーシャはそう呟きながら、空いていた八束の隣に腰かけると、そのまま八束の方をじっと見た。
「……彼、休暇取るたびに永智さんのところに行ってるのは良いですけど、この調子で迷惑とかかけてないですか? 昔っから調子のりなんで、それが不安で」
「いや、迷惑とかはないですけど……」
「こっちもお世話になってますから」と笑えば、「人間できてるんだねぇ、君」と感心するような顔で言われた。
褒められているのか同情されたのか、よくわからない。
「迷惑はかけた事はあるよ。一度酔っぱらって、八束君にからみまくって、後で永智にキレられた事なら」
空気を読まず放たれたグラハムの言葉に、サーシャは小さく舌打ちをしたので、隣の八束は思わずびくりと身を震わせた。
(この人怖ぇ!)
「だからあれほど外で飲むなと。ちゃんと謝ったんでしょうね?」
「謝ったよ。土下座謝罪したよ」
「何回、同じことやるんですか。永智さん怒らせるって相当でしょうに」
「いやサーシャ、僕も結構気が短いよ」
苦虫を噛み潰したような顔をして怒るサーシャに、長畑は苦笑いをしながら言った。
一応、フォローのつもりなのかもしれない。
(でもグラハムさんの右腕っていうなら、これくらいじゃないと駄目なんだろうなぁ……)
八束はそんな納得をしながら、少しぬるくなったお茶を飲む。
グラハムの事は嫌いではないし、「こんな余裕のある大人になってみたい」と思わない事もないのだが、四六時中一緒にいると、ストレスを溜めこみそうな自信があった。
八束は横目で、隣に座るサーシャを見る。
栗色の髪に青い瞳をしたこの男は、「パッと見マフィア」に見えかねないグラハムに比べれば背も低く華奢で、第一印象では丁寧な物言いもあって悪い印象は持たなかった。
だが、実はかなりはっきりと感情が声にも顔にも出る男のようで、八束は「少しきつい人なのかも」と思う。
長畑も「口は悪いけど」と言っていたので、グラハムとのやり取りは普段からこんな調子らしい。
しかしこの男がグラハムに従う理由は、「グラハムの近くにいると退屈しないから」なのだと、サーシャ自らが話していた。
あれこれ言いながらも、彼は望んでこの位置にいるわけだ。
──こういった理由で、職を選ぶ人間もいるらしい。
進路をあれこれ真面目に悩んでいる最中の八束にとっては、目から鱗の気分だった。

「それはそうと、ごめんね」
話がややこしい方向に流れかけたのを察したのか、長畑が口をはさむ。
「なんだか忙しいときに来ちゃったみたいで」
「あー、それはいいのいいの。うちの仕事はだいたい終わったところだから。君らが遠慮することなんて。ねぇサーシャ?」
「そうですよ。びっくりするようなもてなしはできませんけど、ゆっくりしていって下さい」
グラハムの言葉に、サーシャも笑顔で頷く。
「で、これからどうしようか。うちに来るにも、ちょっと中途半端な時間なんだよね。お墓行くのは、明日以降の方がいいかなーと思うんだけど、どう? 君らも疲れてるだろうから、落ち着いてからの方がいいよね」
「うん。それは、ばたばた行く事でもないし。日にちもあるから」
長畑は部屋の時計を見ながら言った。八束もそちらに視線をやる。
時刻は昼を回ったところだ。
朝も暗いうちから家を出て空港へ着いて、半日近く飛行機に乗っていたはずなのに、まだ昼過ぎだ。
(変な感じだなぁ……)
時差、という感覚が八束にはまだつかめない。
遠いところに来ているのだ、と今更ながら実感した。
「八束君は何か行きたいところとか見たいものとか、ないんですか? 何かあればご案内しますけど」
隣のサーシャが、気を効かせて尋ねてきた。
考えてみれば、ロンドン市民であるグラハムとサーシャ、少年時代を過ごした長畑。
この地に全く縁がないのは、八束だけなのだ。
「ミイラ見たいって言ってなかったっけ?」
「いや、ミイラは別にそこまで見たいわけでも……」
長畑のからかうような言葉に苦笑いで答えつつ、八束は考える。
「すごく行きたいところがあるってわけじゃないんですけど、街並みとかが面白いなって思って。海外初めてだし、ぶらぶら歩いてみたいってのはあります」
「よしよし、じゃあちょっとみんなで散歩でも行って、案内したげよう。んでうち来て夕方からごはん食べてお酒飲む! サーシャも来なさいね。夜、空いているでしょう?」
グラハムはそう宣言し立ち上がると、テーブルの上に置いていたヘルメットを手に取る。
「まぁ、水入らずを邪魔してもいいなら行きますが」
「遠慮せずいらっしゃいよ。君が飲むぶんくらいはあるよー」
グラハムは笑いながら、八束のそばを通り過ぎるついでに八束の頭をぐりぐりと撫で、部屋を出て行った。
「……なんか、いつにも増して子供扱いされてる気がするんですが」
八束は、額を押さえながらがっくりと頭を垂れた。
もうさすがに18歳なので、こういう事をされると恥ずかしい。
周りが大人だけに。
「八束君は、彼のお気に入りなんですね」
サーシャが少々面白そうにこちらを見ている。
「うん。なんか気が合うみたいで、よくうちに来たときに二人で遊んでるよ」
「へぇ」
長畑の言葉に、サーシャが意外そうな声を上げた。
(遊んでるんじゃなくて遊ばれてるんだけど……)
そう思いはしたが、口には出さなかった。