HOMEHOME CLAPCLAP

薔薇色の道

07 独身貴族


「勝手な想像ですけど、なんかゴージャスなところに住んでるんだと思ってました」
失礼でない程度に室内を見渡し、八束は素直な感想を述べる。
「あー、そう?」
冷蔵庫から取り出したペットボトルのジュースを「これ持ってって」と手渡しながら、グラハムはさほど興味なさそうに相槌をうつ。
八束の希望した「お散歩」が終了し、連れてこられたのはグラハムの住む家だった。
ロンドン在住だとは以前から聞いていたし、会社経営をしているとも聞いていた。
休みのたびに国を越えて遊びに来るし、今回はこちらの旅費まで持つ、だなんて太っ腹な事も言ってくれた。
金銭的にも余裕があるのだろうし、八束の脳内では「貴族のような暮らしをしているこの男」像が勝手に出来上がっていたのだが、案内されたのは閑静な住宅街の一角に建つ、少々年季の入ったマンションだった。
だが内装は綺麗で天井も高く、部屋数も多い。一人で暮らすには十分過ぎるほど広い空間だ。
「城に住んでる私でも想像してたの?」
グラハムは八束の脳内を見透かしたように、振り向いて笑う。
「いや、城って言うか……まぁすごいのかなーって」
「だって私一人暮らしだもん。家とか庭に、お金と時間かける暇があるならそれでいいけど、どうせ寝に帰るだけだしねー」
家で過ごす時間というのは、あまり長くないようだ。じっとしているのが嫌いなこの男らしいな、と八束は思う。
聞けば、両親は少し離れた田舎に暮らしているのだという。
元々彼の家は大工の家系で、彼もそちらの道に入る予定だったらしいが「手先があんまり器用でなかったので、職人は無理だと思って」今の道に入ったらしい。
「そう言えばずっと疑問だったんですけど、それでなんで、わざわざ日本に留学とかしたんですか?」
「だって、若い時は人と違う事したいじゃない。ネタ的に面白いかなと思って。元々深い意味はなかったんだよ。おかげで、良い出会いはしたけどね」
八束の問いに、グラハムはそう笑いながら言った。
(ネタ、か……)
ネタで海外留学。
彼のフットワークの軽さを、ある意味八束は羨ましいと思う。
そんなこちらの思いを知ってか知らずか、グラハムは相変わらず戸棚だの冷蔵庫を漁っている。家に着いて早々、「ちょっと手伝って」と八束は台所に引っ張り込まれていた。
「君がまだ飲めないからなぁ……私としてはビールくらい飲ませてあげたいんだけど、永智が怒るね、絶対」
「……すみません、なんか」
「いや、いいのいいの。ジュースいっぱい買っといたし、私も途中からそっちにします。今日は酔っぱらったら、後が怖い」
「あぁ……」
八束は苦笑いを浮かべた。
長畑とサーシャ。
二人とも結構、口うるさいところがある。神経質そうなところはよく似ているし、気性が似ているせいか気も合うようだった。
「なんかもうちょっと、食べるもの買っとけばよかったなぁ。君お腹すいたりしてない?」
「さっき、あれだけ食べたじゃないですか……」
散歩ついでに、軽く食事はしてきた。
そこにたどり着くまでの間に「あれ食え、これ食え」となんやかんやと買い与えて頂いたおかげで、八束の胃は既に限界を迎えている。
「ふぅん。君さぁ、前から思ってたけど、小食なの?」
「あなたを基準にされても困りますよ」
普通だと思います、と八束は付け加える。
長畑も言っていたが、この男はよく食べる。
大柄なのでそれに比例してなのかと思ったが、同じくらいの身長を持つ長畑はあまり食べないので、ただ単に個人差というやつなのだろう。
「へー。まぁいいや。これも持って行ってよ」
グラハムはそう言いながら、豆菓子の袋を八束に手渡すと、奥の扉を指差した。
「そこ、ゲストルーム。うちの両親が来たときようにベッド二つあるから、二人で自分ち感覚で使ってよ。眠くなったら、好きに寝ていいし。のんびりしていって。何もないですが」
「はい。えっと……しばらく、お世話になります」
今更ではあったが、八束はジュースと菓子を抱えたまま、頭をぺこりと下げた。
こんなに長く、他人の家にお世話になる事は初めてだ。
「うんうん、君のそういうところは好きだわ。一週間、しっかり遊ぼうねぇ」
ひらひらと手を振られたので、八束は一応頷いて台所を出る。

手渡されたものを持ってリビングに行くと、サーシャが丁度、テーブルの上にワインだのウィスキーだのの瓶を置いているところだった。
八束には酒の銘柄なんてわからないが、ラベル的に高級そうだ、というのは感じる。
(この人は飲む気だ……)
そんな視線でサーシャを見ていると、彼も八束に気付いたらしく、にっこりと笑った。
「せっかくですから、うちから秘蔵のやつを持ってきました」
「お酒、好きなんですか?」
「たしなむ程度には」
「へぇ……」
酒のみの発言だなぁ、と八束は思う。
「でも、永智さんも結構飲むでしょう?」
「うーん……強いみたいですけど、あまりたくさん飲んでるところは見ないですからね」
「もし一緒に飲むようになったら、同じペースで飲んじゃ駄目ですよ。絶対」
サーシャは少しだけ、神妙な顔つきで忠告した
何か、嫌な経験があるのかもしれない。
「肝に銘じます」
そんな八束の返しはうまく通じなかったらしい。サーシャは眉間に皺を寄せて「キモ?」と呟いている。
そうしていると、ゲストルームから出てきた長畑に声をかけられた。
「君の荷物、ここの部屋に入れておいたからね」
「あ、すみません」
慌てて頭を下げた。台所にいる間に、その手の作業を済ませてくれたらしい。
「長畑さんの荷物は?」
「僕のも入れたから大丈夫。君も、ゆっくりしてたらいいよ。今日はもうどこも行かないから。疲れたでしょう?」
「いや、それがあんまり……」
きっと珍しいこの旅行にテンションが上がっているだけで、後でぐったりくるのだろうが、今は疲れというものを感じなかった。
「そっかー。若いっていいよねぇ」
「そう言うことはもう少し歳とってから言って下さい」
長畑の呟きに、サーシャは横槍を入れる。
「そう言えば、サーシャさんっておいくつなんですか?」
ふと疑問に思って、八束は問いかけた。
長畑の子供時代を知っていると言うから、彼よりはそこそこ年上なのだろうが、いまいち外見上から年齢がよめない。
「私ですか? グラハムと同級ですけど」
「若っ!」
もう少し年下なのだろうと思っていたので、何気なく返された言葉に、八束は驚いた。
八束の反応を見て、サーシャは苦笑いをしている。
「昔から、童顔なのと背が低いので、そういう反応されてたんですよねぇ。子供頃はよくからかわれたり。そのたびによく『死ね』って思ってましたけど」
「……」
──自分は今、死ねと思われたのだろうか。
夏だと言うのに、少しだけ背筋が冷えた。
「君の場合は、本当にそう言い放つからねぇ……」
長畑が少し複雑そうな顔をして言う。
サーシャの気性は知りつくしているようだし、元々誰とでも当たり障りのない付き合いができる男なので、長畑は彼とぶつかることなくうまい事やってきたのだろう。
「だってこちらに非はないんですから、屈したら負けですよ。ねぇ、八束君?」
笑顔で同意を求められて、八束は曖昧に頷いて見せた。この男が自分に多少優しいのは、関係者だからという以上に、小柄だからという親近感もあるのかもしれない。
とりあえず、こくこくと頷いておいた。
「まぁ、お二人はもう座ってくださいよ。あとは私たちで……ってあの男はまだ豆探してるんですかね」
「違うー。グラスどこに収納したのかわからなくなっただけー」
サーシャの呟きに反応して、台所から間延びした声が返ってきた。
「この間使ってたでしょう? 上の戸棚じゃないんですか?」
「さぁ。もうそんな前の事は忘れた」
「あーもう、手伝いますから」
食器失くすとかあり得ない、と呟いて、サーシャは台所へ向かって行った。
「……」
嵐のようだ、となんとなく思った。
長畑を見れば、彼もそんな顔をしていた。
「……とりあえず、お言葉に甘えて、僕らは座っとこうか」
「はい」
長畑に促されて、ソファに座る。
ひとまず、さりげなく。
今度こそ隣を死守すべく、八束は長畑の隣に腰かけた。